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大川小学校の教訓について

少し長いですが、2度目の「生きる」鑑賞のあとに残しておきます。

僕は、大川小学校の事案を教訓に、2度と同じような津波被災事案がでないように、2度と子どもたちのいのちが失われないように、という活動をずっと続けています(おそらく)。

でも、現状、残念ながら、全国民にアンケートをとったら、大川小学校の事故については、

1, 何1つ知らない人が一番多く

2, 子どもがたくさん亡くなった、という事実だけを知っている人が次に多く

3, 遺族が裁判に勝った、というところまで知っている人がその次に多くそれ以上の事実を知っている人は、ほとんど世の中にはおらず、

公表されている160p超の仙台高裁の判決書を読んだことがある人も、研究者以外ではほぼおらず、

今後の再発防止のための大川小学校の教訓は何ですか?という問いに、答えられる人もほとんどいない。

というのが現状ではないかと想像します。

これじゃ全然だめじゃないか、ということで、僕は、誰もが読める形で、津波からいのちを守るための知識と東日本大震災の教訓を伝えられるように、「みんなの津波避難22のルール」という本を書いたわけですが、

この「生きる」という映画の中でも、実は大切な話が随所にでてきます。

児童の引渡しに追われたことも避難が遅れたことにつながったという部分もでていましたね

じゃあ、引渡しのルールをどうしておけばよかったでしょうか?

津波避難訓練を一度もしていなかった(でもしていた、とうその報告をしていた)という話もでましたね。

じゃあ、どんな訓練をしていたらよかったでしょうか?

なぜ大川小学校では津波避難場所も定めず、訓練もしていなかったのでしょうか。

それは大川小学校だけの特殊な問題なんでしょうか。

また、山へ逃げようという、子どもたちの声も、先生からの声も全体の意見にならなかった

ここでも、ご遺族の視点は極めて鋭く、組織の人間関係の問題点についても触れられていました。

日ごろから組織の風通しや、人への愛情を中心にすえる組織づくりが、実は、防災の根底を支える、という大切な示唆でもあります。

映画の終盤で、東京大学の米村滋人先生が、この大川小の高裁判決がなかったら、1万7000人を超える人の命(直接死)が犠牲になった東日本大震災は日本社会に何も教訓を残さないということになった。

この判決は子どもたちだけでなく、1万7000人の方々を救ったんだ。

あとは、われわれがこの判決をどう生かしていくかだ、

という趣旨の話をされています。

本当にそのとおりだと思います。

しかし、現状はまだ冒頭に書いたとおりです。

抽象論でいのちは救えません。

大川小学校から学ぶべき教訓は、実は、「答えのない」ような難しい問題ではありません。

ちゃんと交通整理をすれば、極めてシンプルな教訓として言葉に表現できるものです。

念のために逃げる  これも1つ

そのために事前に安全な避難場所を決めておく(変えられるなら安全な場所に移転する)

決めるだけでなく訓練を続ける

逃げたあとの備えも怠らない

ハザードマップや過去の被災のなさをうのみにしない

津波避難を開始する信頼できるスイッチを決めておく(揺れの長さです)

などなど・・・

頭を使って整理することから逃げなければ、教訓はいくつだってシンプルに言語化できます。

一人ひとりができる範囲で、教訓の言語化と実際の行動につなげていかないといけません。

R5.3.25 あつぎのえいがかんkikiにて 寺田監督、あんどうりすさんとともに

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