仙台市中心部、仙台地裁のすぐ裏手の評定河原球場です。

 

評定河原橋、奥にはウェスティンホテル仙台がみえます。

裁判所の裏手にあるのにぴったりな名称です。

 

評定河原橋から、広瀬川上流方向をみると、大きな河岸段丘の崖の露頭がみえます。

 

 

評定河原橋から広瀬川左岸を上流に向けてあるくと自動車学校があります。

その横がこの大きな露頭。

 

 

露頭をみるために河川敷に降りるには、夏はこの藪の間を歩く必要があります。

 

 

河川敷の石ころを1枚。

見事に火山岩ばかり。

 

広瀬川の右岸上流側。

見事な白壁です。

 

実は、これ、350万年前、この場所を襲った大規模火砕流の痕跡です。

 

下流方面。

写真の地層の真ん中より上の縞々部分は、シルト岩・砂岩・凝灰岩・亜炭の互層などからなる向山(むかいやま)層主部の上位部分です。

 

他方、中程よりしたの平な白壁部分は、大規模火砕流が一気に堆積してできた凝灰岩の地層です。

 

上は縞々の向山層、下は火砕流堆積層(凝灰岩)。

主として、白い、細かい軽石などの集まりです。

 

火砕流の温度が低かったからか、たとえば高千穂峡(宮崎県)の渓谷の溶結凝灰岩のように、火山灰が積み重なり圧力と高温で溶結して硬くなった地層ではありません。

 

この広瀬川凝灰岩部層は、このあたりでは7mもの高さを誇ります。

どれだけの大規模火砕流がこの場所を襲ったか、ということです。

 

ここからはウェスティンホテルも見えるような仙台市の中心部です。

アスファルトとビルに覆われた都市では、かつてこの場所がどんな場所であったか見失ってしまいます。

 

パノラマ写真で。

 

しかし、日本列島は、どんな場所でも、常に、自然(災害)の上に成り立っているということを忘れずにいたいものです。

 

(写真奥は霊屋橋(おたまやばし))

さきほどの大露頭から、火砕流が埋め尽くした広瀬川を下流方向に歩きます。

ちなみに、この大規模火砕流は、仙台市中心部から北に20kmほどのところにある、小山が点在する七つ森の火山の噴火によるものだという説が提唱されています。

わずか350万年前の話です。

 

霊屋橋の下流側も火砕流堆積物の地層を含む河岸段丘の崖が続きます。

 

広瀬川沿いの散策はとても気持ちがよいです。

 

この霊屋橋の下流左岸沿いには、火砕流に飲み込まれた樹木の化石が点在し、天然記念物にも指定されています。

ポンペイのような・・・。

この写真は新しい樹木かと思われます。

 

ものすごい河岸段丘の崖、というか壁です。

 

決して強い地層ではない(と思われます)。

東日本大震災でも複数崩落しているようです。

さて・・。

 

下部に、白い凝灰岩層が見えていますね。

さきほどのような7mという規模ではありません。

 

どこまでも続く河岸段丘の壁と、その上に建つ家々。

 

広瀬川散策の最後には、なんとポニーちゃんがお出迎え。

所有者の方にお話を聞くと、この近くの閑静な住宅街でペットとして飼っていて、毎日、この広瀬川の河川敷まで散歩をしここで食事をしているのだと!

 

 

完全に町の一部に溶け込んでいて、すごいなあ仙台、と。

ちなみに名前は西川ポーちゃん、といいます。

仙台の方は、ぜひ広瀬川を気持ちよく散策しながら、350万年前にここでどんなことが起こったのかを想像し、自然と人間の生活の距離感について感じてみてください。

 

平成30年9月

弁護士 永野 海