富士川の溶岩露頭 訪問記
*本訪問記は、地質学者塩坂邦雄先生からのご指摘を受け、H30.7.28各所を修正しました
富士川の西岸からみた富士川橋(旧国道1号線)と富士山です。
この写真からはかなりわかりにくい,あるいは,むちゃくちゃわかりにくいですが(笑),ここからみえる富士川の河床には,大淵溶岩が露頭しています。
富士川の河口はこうなってます。(写真中央やや右の大きな河口が富士川河口です)
富士川断層帯、富士川断層という言葉が有名ですが,この富士川には富士川断層が南北に走っています。
少し引いてみてみましょう。
Aは南海トラフから続いている駿河トラフ。
Bが富士川の河口。
いかにもいわゆる駿河トラフと呼ばれている部分と富士川河口付近の断層線ってつながっているような気がしませんか?
(気象庁HPから引用)
以前ご紹介したこのプレートの図。
フィリピン海プレートは伊豆半島のところだけ出っ張っています。
このプレートは,通説的説明によれば、伊豆半島の西側の駿河トラフから富士山の方を通って,先日ご紹介した静岡の小山町と神奈川を結ぶ神縄(かんなわ)断層を通り,神奈川県に抜けています。
このフィリピン海プレートの境界の形をみると,自然に,駿河トラフからそのまま富士川断層帯のどこかにつながっているのではないかと想像してしまいます。
*このあたりは富士川断層(1)(2)(3)をご覧ください
(産業技術総合研究所資料より引用)
この図の方がわかりやすいですかね?
伊豆半島を囲むようなフィリピン海プレートの形に注目してください。
この話って,単に地質学の好奇心の話ではなく,南海トラフ地震でAの駿河トラフの断層が破壊されたときに,Bにある富士川断層帯も一緒に動いてしまうのかどうか,というものすごく大きな意味を持つ問題なのです。
実際,1854年の安政東海地震では,Aと一緒にBの断層帯まで動いたという説が比較的有力です。
その場合,もちろん地震のエネルギーはより大きくなり,大きな被害が想定されてしまうわけです。
富士川河口付近を,再度,上空からみてみましょう。
富士川の河口には,東西にたくさん橋がかかっていますね。
見えているのは(見えにくいですが,,,),下から順に,
①国道1号線バイパス,②東海道新幹線,③JR東海道本線,④旧国道1号線,⑤東名高速道路と,いずれも日本列島の東西を結ぶ大動脈です。
この大動脈が一体何本の活断層を横断しているのか,,,ということになります。
そんな中で今回ご紹介したいのは,ここ。
写真上側の「旧国道一号線」の富士川橋と,写真下側の「JR東海道本線」の鉄橋との間にある1本のライン。
この南西から北東に抜ける一直線のライン。
これは、大淵溶岩がこの部分の土地隆起により露頭している部分です。
これです!
富士山がきれい!,,,と言っている場合ではなくて,かなりの規模の溶岩のラインが富士山方向に向かって伸びていますね。
水がきれい!,,,と言っている場合でもなくて,
この溶岩露頭,かなりの高さがあります。まるで断層崖(だんそうがい)のようです。
この溶岩は,写真奥の富士山から1万年以上前に流れてきた溶岩です。
もともとは地下深くにあったものですが,繰り返す南海トラフ地震のたびの土地隆起により富士川の河床に露出しているのでした。
(露出した溶岩を逆に南西方面に撮影したもの)
別角度から。
*この大淵溶岩の関係については、平成30年7月に地質学者塩坂邦雄先生による巡検ツアーがあり、その内容を詳しくまとめた訪問記をご覧ください。
http://naganokai.com/fujikawa-dansou/ (富士川断層ツアーその1)
http://naganokai.com/fujikawa-dansou2 (富士川断層ツアーその2)
http://naganokai.com/fujikawa-dansou3 (富士川断層ツアーその3)
平成29年12月訪問
静岡市清水区 弁護士 永野 海