これは何の写真でしょうか。

 

実は奥のくぼみは、かつての噴火口です。

かつてといってもわずか30年前、1986年の三原山噴火のときにできた割れ目噴火の跡です。

 

1986年の三原山の噴火では、山頂の噴火口をA火口、三原山の内輪山外側で起きた割れ目噴火の火口をB火口列、この外輪山の北西山腹で起きた割れ目噴火の火口をC火口列と呼んでいます。

ここでは約1kmの範囲に11個の噴火口が並んでいますが(11箇所で噴火したということです)、それらは北西から南東へのライン上にあります。

なぜか。

 

波浮港のマールでも扱いましたが、このようにフィリピン海プレート上にある伊豆大島は、フィリピン海プレート自体が北西に動きユーラシアプレートに日々衝突している応力と、東側から太平洋プレートに日々押されている応力の結果、「北西から南東の方向」にひび割れが起きやすい状況になっています。

そのため、地下にマグマがたまり上昇してくると、この弱いひび割れがあるラインからマグマは地上にでようとします。

そのため、この一直線のライン上ばかりで、割れ目噴火が生じるのです。

 

 

現在、このC火口(列)では、植生も復活してきています。

(少々傷んでいますが)遊歩道が整備されていますので、火口の列を横目に散策することができます。

海の奥にみえるのは伊豆半島。

 

当時の噴火をものがたる火山弾もあちらこちらに。

 

C火口列のなかの1つの火口壁、写真右側は噴火口の窪みです。

 

 

(火口壁と割れ目火口)

三原山山頂のA火口が噴火したのが11月15日、まだ危機感は薄く、噴火をみようとたくさんの観光客が島に押し寄せ、観光業でもつ大島は沸き立った面もあります。

しかしこれに冷水を浴びせるように、11月21日に三原山カルデラ内のB火口列が割れ目噴火を起こし、その1時間半後にこの外輪山山腹のC火口列まで割れ目噴火をはじめました。

 

山頂から離れた外輪山での噴火は実に565年ぶりのことでした。

住民の皆さんもまさかこんな町に近い場所から噴火がはじまるとは想像できなかったのかも知れません。

しかし、北海道の有珠山の災害痕跡地などを巡るとよくわかりますが、火山の噴火というのは、必ずしも山頂の噴火口だけで起こるのではなく、日常の生活道路の真下が、突如、噴火口に変わったりするものなのです。

 

 

このC火口列の割れ目噴火で流れでた溶岩は、たくさんの人々が住み、また1986年噴火時の全島民避難の際の島からの脱出口であった元町港の方向に迫っていきました。

写真左端にみえるのが中心部の元町と元町港です。

この方向に溶岩が流れ出しました。

 

 

その元町に迫った溶岩流の先端部に行ってみましょう。

 

溶岩は概ね沢に沿うかたちで町に向けて下っていたことがわかります。

 

この沢を溶岩が流れたことで、長沢が溶岩で埋まり、土砂災害を防ぐ機能を果たせなくなったことから復旧工事が行われました。

 

日頃は水が流れていません。

雲仙普賢岳で土石流を引き起こした水無川なども、その名のとおり、日頃は水がない河川です。

 

火山では、地中の岩石に空洞が多いので雨が降っても水はけが良すぎて、全て地中に染み込んでしまうからです。

そのため日頃は沢にも水があまりありません。

そのためこうした火山島では、住民たちの水道水の確保にこまることがよくあります。

 

伊豆大島では地下水からの湧水もそれほど多くないようです。

湧水は地下水が基盤となるような隙間の少ない泥岩層にぶつかったときにそこから湧き出ることが多いので、伊豆大島には地表部に泥岩層のような地層があまりないのかも知れません。

そのため、基本、地下水から水道水を確保することになりますが、島特有の問題として、地下水に、海水の塩分が混ざったり、火山の温泉成分が混ざったりとこれまた大変なのです。

 

 

それはさておき、このあたりが流れた溶岩の先端部。

奥には元町周辺の海がみられます。

港まで本当にもう少しでした。

 

ここでの溶岩の流れは非常に遅かったために(時速1mとの記述もありました)、消防庁の職員がポンプ車で溶岩に海水をかけ溶岩の流れを最終的にはストップさせたようです。

 

(溶岩流先端部付近)

 

この溶岩流先端部のすぐ近くには裁判所がありました。

1つ間違えばこの裁判所は溶岩流に飲み込まれていたかもしれません。

そんな裁判所は日本でここだけでしょうね。

 

溶岩流先端部にも火山弾が。

内部のコアとその周囲を皮膜のように覆う構造がよくわかります。

 

皮の部分だけきれいに分離できそうですね。

こういうのをみると、火山弾というのは、すでに固まった火山岩や溶岩が、チーズフォンデュのようなどろどろの溶岩の火口に落ちて膜をかぶった上で、空中に放出されて表面が固まったものなのかな、と想像しやすくなります。

 

さてここでは道路により溶岩流の切り通しが作られているため、溶岩流の内部の様子がよく観察できます。

 

 

溶岩流の上を歩くと、アア溶岩といって、ガサガサの溶岩ばかりなのですが、内部はこんなにきれいです。

 

 

地中でじっくり冷えて固まると、こんなきれいな玄武岩溶岩に。

 

 

大島の溶岩流の先端部は、溶岩流の表面と内部の構造の違いも学べる貴重な場所なのでした。

 

 

ちなみに伊豆大島では、このような溶岩流対策として、沢沿いに流れる溶岩流を導流堤により流路を変え、海に流すことで市街地への影響を避ける対策をとっています。

 

これがその導流堤。

 

流路を変えて。

 

海に流す作戦です。

 

平成31年4月

弁護士 永野 海