30年ごとに噴火しているだけに,有珠山には災害遺構が複数あります。

2000年まで国道だった場所。

 

沼で分断された上。

実は奥に見える道路,2000年の火山活動が起きるまでは

下り坂

でした。

 

それが火山活動による地殻変動でこの部分は窪地となって沼となり,

奥の道路だったところは実に75mも隆起し,

「山」

になってしまったのです。

 

国道230号の変化がわかりやすく図示されています。

よくみると

 

黒の点線が元の国道です。

ひたすら下り坂だったのが,

マグマの上昇により土地が隆起し,赤線の山になってしまいました。

なぜ沼ができたのかもこの図でわかりますね。

 

ありがたいことにこの信じられない土地の隆起による被害が災害遺構として保存され,

われわれは隆起した75mの山道を歩くことができます。

 

災害遺構の遊歩道の全体図。

 

さて,この柵の向こうからが隆起した部分です。

 

このあたりは土地の隆起により,アスファルトがうねっています。

 

うねりはさらに激しくなり,その奥は

 

道路がめちゃくちゃになっています。

 

その横を遊歩道として歩けるのです。

これは火山活動により生じた断層です。

 

この図もわかりやすいですね。

 

さらに隆起は続きます。

念のため繰り返しますが,この部分はもともとは「下り坂」ですからね。

地球のエネルギーのすごさに圧倒されます。

 

2000年の噴火では,有珠山の北西山麓にいくつもの噴火口が出現しました。

明日どこが噴火口になるわからない恐ろしさ。

火山の噴火とはそういうものです。

近く富士山も噴火するでしょうが,かなりの確率で

「山頂”以外”のどこかから」

噴火することになるでしょう。

 

奥が噴火口の1つです。

 

中央奥に黄色い重機がみえます。

火山活動がはじまり2000年から置き去りにされたままです。

心なしか重機から寂しそうな声が聞こえてきそうです。

 

展望台からの遊歩道。

隆起量(高さ)がよくわかります。

 

奥にも別の噴火口が。

 

時速50km規制の道路標識が放置されています。

ここに道路があったとは想像できません。

災害遺構として残す重要性を痛感します。

 

当時のこの場所の噴火の様子。

いくつも噴火口がありますね。

有珠山の主治医,岡田先生の名前が記載されています。

 

中央を縦に広がるのが大きな割れ目火口の跡です。

 

山焼き・・・ではもちろんなくて,

18年経過した今でも噴気活動がみられます。

 

ここも別の火口。

 

西山山麓の噴火で壊滅したお菓子工場。

 

地盤の隆起により,海側に70m規模の断層崖(だんそうがい)が生じました。

しつこいですが再度いいますが,ここはもともとは山だったわけではありません。

水道管の工事をしている重機が置き去りになっていることからわかるように

”国道さえ通る,人が住む普通の場所”

だったのです。

 

火口の周りを写真に撮りました。

火山豆石のようなものがかなりあるような。

ちなみに,火山豆石とは,「水分を含んだ火山灰が水分によって凝集し、同心円状に成長する火山の雹のようなもの」とのこと。

 

マグマの上昇により引き裂かれる土地と道路。

 

国道の走る普通に人の営みのある場所が,ある日突然噴火口に変身し,気づけば100m近い小山になっている。

火山活動の脅威をこの災害遺構はしっかりと伝えてくれるのでした。

しかし,2000年のこの火山活動では一人の犠牲者もだしていないのが有珠山の噴火災害でもあります。

 

平成30年5月

静岡市清水区 弁護士 永野 海