(釜石市で防災士でもある瀬戸元さんと)

本日の午前と午後、それぞれ2時間から2時間半ずつ、宮古市田老(午前)と、釜石市及び大槌町(午後)で、津波防災ガイドの皆さまから様々なことを教えていただきました。

あの日のこと、あの日からのことについて教えて下さったのは、釜石と大槌では、瀬戸元さん(写真上)。

田老では、澤口強さん(写真後半)でした。

まず瀬戸さんは、平成18年から10年間、片田敏孝先生(当時群馬大学)の「釜石の奇跡」で有名な鵜住居地区の両石町で自治他会長を務め、いまの高知県黒潮町の防災の取り組みの先駆けを何と震災前から実践されていたスーパーマンです。

全国各地で自主防災会のあり方を中心とした講演に駆け回られています。

「あとでコピーして返してくれたらいいよ」、と貴重な独自の考察集のファイルごと私に預けてくれました(涙)

言葉の全てが至宝でした。

私のノートは急いでメモをとるぐちゃぐちゃな字でいっぱいになりました。

(宮古市の道の駅たろうでガイドの澤口強さんと)

田老の澤口さん(写真)は、あの日、生協の宅配トラックを運転していました。

地元の人間ではないため津波の危機意識は高くなかったのに、山に逃げる住民の姿をみて避難のスイッチが入り車を捨て徒歩で山に逃げ一命をとりとめたとのことです。

この体験を語り継がないとという強烈な使命感に仕事をやめ防災語り部の職につかれました。

終始非常に謙虚なご姿勢なのに、心に秘めた熱い、次の人たちに伝えたいという静かにほとばしる思いをひしひしと感じました。

どんな質問にも具体的なエピソードや細かな数字が返ってきます。どれだけ勉強されているのか!

(写真は釜石の湾口防波堤)

私には新しいものを作り出すようなクリエイティブな能力はないし、他人が成し得ない何かを成し遂げるような才能もありませんが、難しい専門家の言葉や現場のありようを、一般の人になるべくわかりやすく伝える、翻訳するということだけは、普通の人より少しだけ得意です。

その自分が少しだけ得意なことで地道に社会に、次の命を守ることに身を捧げたいと思います。

瀬戸さん、澤口さん、突然やってきた私などに、頭のなかがぐるぐるするほどたくさんのことを教えてくださり本当にありがとうございました。

(有名な宮古市田老の二重の防潮堤)

先程の写真の釜石の湾口防波堤と、この田老の防潮堤。

防災の世界では様々な評価がなされています。

しかし、現場であの日人の生き死にと向き合ってきた、そして今日も向き合い続けておられるお二人の感想は全く同じでした。

「あの日どちらも壊れてしまったけれどもちゃんと津波を弱め、遅らせるべく頑張ってくれた」

これがお二人のお考えです。

釜石の湾口防波堤が、津波到達時間を遅らせ、また津波高を減殺してくれたことは科学的にも検証されているようです。

田老の防潮堤が津波を遅らせ、弱めている様は、たろう観光ホテル社長が命をかけて撮影された動画からは「明らか」であるように私には感じられました。

今回、お二人から教えていただいたことは、被災地とこれからの被災に備えるべき市民の皆様とをつなぐ翻訳家として、しっかりと今後の講演等で私なりにお伝えしていきたいと思います。

平成30年8月訪問

弁護士 永野 海