静岡市葵区の梅ヶ島にある大谷崩(おおやくずれ)を訪問しました。

 

梅ヶ島温泉にいく途中,左に入る道がありますので(大谷崩まで6kmの看板あり),そこを左折し,山道を車で登っていきます。それほど険しい道ではありませんが,そもそも現在も土砂崩れが日々発生しているエリアですので十分な注意が必要です。

 

写真の奥側が大谷崩れ。

写真のとおり,崩落跡の崩れた石や巨石が河原を埋め尽くしています。

なんと1億2000万立法メートルの崩落。なかなかの迫力で、ここに立ってみると自然の圧倒的な迫力にたじろいでしまいます。

 

工事関係者の方の話によれば、この砂防堰堤を埋めていく崩落した岩石は数年に一度のペースで取り除かれるとのことでした。

 

(この日静岡を訪れてくださった神戸のまち・コミュニケーションの宮定章さん、丸山弁護士とともに)

大谷崩は,300年前の宝永地震,すなわち南海トラフ地震による山体崩壊跡です。

日本三大崩れの1つで,幸田文さんの随筆「崩れ」でも有名です。

幸田さんがこの大谷崩を見て何かを記そうと思われたこと、また他の崩れも訪れたいと思われた気持ちはよくわかります。

 

(この地域の瀬戸川層群の代表的な岩石である頁岩(けつがん)と大谷崩)

頁岩は、堆積面に沿って千枚漬けのように面白いほど簡単に割れていきます。

 

 

次の南海トラフでもきっと崩落するでしょうし、現在も日々崩落してます。

現代の砂防技術と自然との戦いの最前線の場所でもあります。

糸魚川静岡構造線の西側にあたる場所です。

 

(国交省による砂防事業の説明パネル)

 

 

(幸田文「崩れ」の石碑と奥に大谷崩)

 

東日本大震災もそうですが,どれほど大きな災害でも,どれほど大きな犠牲が生じても,何世代と経つとどうしても歴史が風化され,自然に対する恐怖の意識が薄くなります。

他方で,土木技術の発展とともに,自然を人間の力,技術で封じ込めることができるような錯覚にも陥り,危険な場所にもどんどん家が立ち並ぶようになっていきます。

 

過去の災害の教訓をどう後の世代に残すか,伝えるかは,とても重要で,とても難しい問題です。

 

しかし,こうして砂防工事でなんとか大谷崩れの崩壊を防ごうとしていますが,地球の歴史からすれば,山体の岩石や土砂が安倍川の河口まで運ばれたからこそ,現在の静岡平野があり,人間がそこに生活できています。

 

そして,糸魚川静岡構造線などの断層に挟まれた梅ヶ島では,最高の泉質の温泉が今日も湧き出でて,人間に恵みを与えてくれています。

 

防災は,形式的なものではなく,常に地球を知り自然を知った上での,自然との共生のなかでの地に足がついたものでなければいけない,そうでないと後世まで命を守るDNAとして身につくことはないと思います。

いずれにせよ,大谷崩,300年前の南海トラフ地震のすさまじさを直接肌で感じることができる,数少ない貴重な静岡の災害痕跡です。

 

平成29年10月訪問(H30.4再訪追記)

静岡市清水区 弁護士 永野 海