淡路島の北部を占める淡路市(旧北淡町)にある、北淡(ほくだん)震災記念公園です。

 

ここには、1995年に阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)を発生させた震源である野島断層(六甲・淡路島断層帯の一部)が当時のまま保存されています。

 

模型の赤色の点々が野島断層。

野島断層は、淡路島の北端、江埼灯台付近から富島地区までの約10kmに及んでいます。

 

兵庫県南部地震のマグニチュードは7.3(モーメントマグニチュードは6.9)。

 

野島断層に南東側には300mほどの高さの山が続いていますが、これらは野島断層が繰り返し動いたことで隆起した山々です。

つまりこの300mの標高差は、断層による崖、断層崖(だんそうがい)です。

 

野島断層は、約2000年ほどの周期で活動しているようです。

野島断層だけが動く場合には、兵庫県南部地震と同程度のマグニチュード7の前半の規模が想定されますが、六甲・淡路島断層帯が全体として動けばさらに大きな地震の規模になります。

 

館内には、阪神・淡路大震災の様々な資料が展示されています。

 

室戸のジオパークセンターにもさらにすごい模型がありましたが、南海トラフの深さ、形を3Dメガネを使って観察できるこの地図は非常に秀逸です。

メガネ越しに、「南海トラフ絶壁だなあ」と実感できると思います。

 

これが野島断層保存館の建物内。

野島断層は10kmにわたって動きましたが、この断層保存館内では、そのうちの140mの部分が保存されています。

館内での断層の変位量は、南東側が隆起した上下の0.2~0.5mの変位と、0.7~1.5mの右横ずれです。

断層が動いて、地面が隆起もし、横にもずれたということです。

 

写真の側溝をみてください(新しいのはレプリカだからではなく、震災が起きた当時、造成したばかりだったからです)。

もともと逆くの字につながっていた側溝ですが、地震により逆くの字の上側が右にずれて離れてしまっています。

 

この写真でいう、左側が数十cm隆起し(盛り上がって)、さらに左側が奥に1m以上ずれた(右横ずれ)しています。

繰り返しますが、これはレプリカではなく、当時の地面そのままです。

 

ガイドさんに撮影してもらい記念に1枚。

 

ここの側溝も、本来直線だったのが、写真上側が、右にずれて食い違いが生じています。

 

隆起量に差ががありますが、奥側が数十センチ隆起しています。

隆起した断面は保存のために樹脂で加工されています(毎年メンテナンス)。

また、トンネル状に盛り上がった部分も右横ずれで、写真の上側が右にずれていますね。

 

もともと一本だった断層が、ここで2本に分岐していますね。

 

 

上が主断層、下が分岐した副断層です。

 

分岐した様子がよくわかりますね。

 

このあたりは、水路と生け垣が、いずれも奥が右側にずれています。

これが横ずれ断層の特徴。

根尾谷断層では、茶畑がずれた様子がそのまま保存されていました。

 

ここはもともときれいなコの字だった生け垣が、奥が右側にずれてしまっています。

 

 

このあたりは、地震による地割れが生じているゾーン。

 

こちらは陥没。

断層が動くと様々な現象が生じることが、この140mの距離の中でもわかりますね。

 

低いですが、一直線の断層崖です。

 

水路の横ずれがよくわかります。

 

断層が動くと、その圧力と摩擦で、岩石や地層が粘土化します。

断層粘土といいます。

 

1回の断層の活動で粘土ができる面積はわずかですが、何度も何度も同じ断層が周期的に動くことで、ぷにぷにとした粘土がどんどん作られるようになります。

断層粘土によっては、さわるとぷにぷにした感触が残っています。すごいですね。

さらにここにもあるように、断層粘土には、断層が動いた方向を示す条線が残されていることもあります。

この写真でも、同じ方向に線がついていますね。

 

野島断層のトレンチされた断面です。

 

右側の泥層が、左側の砂層に乗り上げている典型的な逆断層です。

 

なかなかの迫力です。

 

トレンチの反対側。

上の方は、新しい盛り土の層です。

宅地造成時になされたものでしょうか。

 

では、次に移動しましょう。

 

保存館の外には、神戸市長田区の防火壁が移設されています。

戦争中の神戸大空襲からも阪神・淡路大震災でも崩れず市民を守りました。

 

 

保存館の外には、兵庫県南部地震で崩れなかった建物が保存されています。

動いた野島断層が、RC造の建物のすぐ横を走っていました(当時はもちろん住民の方は知りません)。

そのため、建物周囲の壁が、写真左側が持ち上がり、段差が生じています。

神戸市の東遊園地にも同様の痕跡が残されていましたね。

 

このように自宅敷地内を野島断層が通ったのです。

地震後数年間居住されていましたが(通常の2倍の量のコンクリートを使って基礎を作ったため建物が無事だったと説明されていました)、その後、自治体が買取り、現在は震災記念公園の展示物の1つになっています。

 

建物内にも入れます。

 

建物内では、面白い、液状化の実験もできます。

ペットボトルを使って液状化実験装置が作れるんですね。

 

最後には、地震体験装置もあります。

この日は、東日本大震災と阪神・淡路大震災の揺れを体験しました。

 

淡路島にいかれたら、ぜひ北淡震災記念公園に!

平成31年2月

弁護士 永野 海