奈良県香芝市にある「二上山博物館」からみた二上山(標高517m)。

1000万年以上前に大規模な噴火を続けた火山です。

 

博物館で教えてもらった千股池(ため池)からの撮影スポット。

奈良の人でも、このかわいらしい姿の二上山が、かつて壮絶な活動をしていた火山であることを意識している人は少ないでしょう。

 

日本列島が、プレートテクトニクスによる背弧海盆たる日本海の拡大によって、アジア大陸から離れはじめた1000数百万年前というのは、日本列島全体が極めて火山活動の活発な時期でした。

 

この奈良の二上山一体でも、2000万年前から1300万年前頃にかけて、休止期間もはさみながら、断続的に噴火活動が続いていました。

二上(ふたかみ)のうち、高い方が雄岳、低い方が雌岳。

 

火山活動が終息し、その後長い期間をかけて火山は侵食され風化し、現在の姿になりました。

二上山博物館の刊行物(二上山ハイキングガイド)によれば、「火山の芯の部分だけが残っている」という表現もなされていました。

 

二上山の成り立ちを学べる二上山博物館については別稿に譲りますが、まずは、二上山が作り出した壮大な景観を観察しましょう。

どんづる峯(標高154m)です。

 

二上山からどんづる峯までの距離は約2km。

 

 

このどんづる峯は、二上山からの火砕流堆積物から成る地形、地層です。

二上山の当時の壮絶な火山活動を今にしのぶ貴重な痕跡です。

 

麓に数台の駐車スペースとトイレが完備されています。

 

 

100数十メートルの低い山で、整備されているので、駐車場から観察スポットまでは数分です。

 

 

到着しました。

一面真っ白な地質。

 

 

最近の研究では、二上山の火砕流堆積物が、水分に接触しながら地表に沿って乱流状態で流れ広がった高温の火砕サージによって作られた地質、地形ではないかと考えられているようです(二上山ハイキングガイド)。

 

 

火砕サージは雲仙普賢岳の噴火の際にも注目されました。

通常の火砕流よりも火山ガスの比率が高いので、乱流を作りながら、高温のガスと火山噴出物とが高速で流れ下ります。

 

 

色が真っ白なのは、二酸化ケイ素の比率が大きい流紋岩質の火山噴出物から構成されていることによるものと思われます。

 

 

真っ白な流紋岩質の火砕流、火砕サージが大量に堆積して、凝灰岩の地層を作っているのです。

 

 

表面は風化、侵食によりぼろぼろです。

観察の際には、滑って崖下に転落しないよう十分注意してください。

 

 

こうした凝灰岩は、硬さのある一方で、加工もしやすいので、古墳時代以降、このあたりの古墳の石棺材として利用されたり、古墳の石槨(せっかく)に多く使われています。

 

 

これがどんづる峯の地層の凝灰岩。

溶結まではしていないように感じられました。

 

 

二上山は、1000万年にも及ぶ活動期間の中で、数十キロにわたり火砕流を流したり、溶岩を噴出させるなど様々な活動を繰り返していました。

 

 

どんづる峯でみられるのは、前述のように火砕流や火砕サージが堆積した凝灰岩の地層ですが、周辺には多数の火山岩もみられます(詳細は二上山博物館の項で)。

 

 

その1つがサヌカイトと呼ばれる特殊な安山岩です。

マグネシウムの比率が高く、またガラス質の石基を多く含み、割るとナイフのような鋭い切り口になるため太古から石器として活用されてきました。

 

 

二上山から流れた大量の火砕流や溶岩は、二上山周辺の埋め、平地を作り出しました。

 

 

その後侵食を受けるも、数百万年前の時代には、海のプレートに押されて隆起を続け、現在の地形になったものと思われます。

 

 

奈良の、しかも山間部ではない都市部に近い場所で、こうした火砕流、火砕サージの堆積物の圧巻の地層をみられることは非常に貴重です。

日頃火山災害や自然災害を意識しにくい土地柄かもしれませんが、こうした貴重な痕跡をぜひ訪れ、自然に対する関心を高めるきっかけにしてもらえればと思います。

平成31年2月

弁護士 永野 海