埼玉県秩父郡長瀞(ながとろ)町。

紅葉シーズンの三連休初日、たくさんの人で賑わっています。

 

ちかちかしているのは風に舞う無数の落葉。

 

 

対岸にみえるのは結晶片岩と呼ばれる岩石です。

 

ここ長瀞は、日本地質学発祥の地とも呼ばれます(その石碑があります)。

 

ナウマン象でも有名な、フォッサマグナを発見・命名したドイツのナウマン博士。

東京帝国大学地質学教室の初代教授でもあります。

 

そのナウマン博士が巡検した日本の地が、この長瀞。

ナウマン博士は、この結晶片岩の存在に衝撃を受けました。

 

結晶片岩というのは変成岩の種類の1つ。

ある岩石が地下深くで強い変形応力を受けて別の岩石に変身したものです。

 

なぜ地下深くで強い変形応力が生じたのか。

それは東日本大震災のような海溝型地震を起こすこともある、海プレートの潜り込みに関係しています。

 

 

移動してきた海のプレートが、その重さによって陸のプレートの下に潜り込むとき、ぐぐぐっと、強烈な応力がかかります。

地下15kmとか30kmあたりの話です。

それよりもっともっと深くなりすぎると、地中の熱で岩石が柔らかくなるので剪断応力は生じません(深いところでは基本断層が破壊されたりしないのと同じです)

 

写真↑ 頁岩(けつがん)のように、あるいは千枚漬けのように、岩石が薄く剥がれやすそうになっていますね。

変形応力を受けたときに片理構造ができ、このようになります。

 

もとの岩石にあった点状の、あるいは粒粒の鉱物の粒子が、地下30kmの熱とプレートに押された変形応力で、ぐにゅーーーーーーーーーーーーと引き伸ばされて再結晶化し、こんなふうに線状の模様になります。

すごいですね。

1億年前前後に生じた出来事です(変身する前のもとの岩石ができたのはもっと古いです)。

 

地下30kmで海のプレートに押されて作られた変成岩(結晶片岩)が、その後隆起して地表に顔をだしているのが、この長瀞の地なのです。

 

 

なぜ地下30kmにあった岩石が、その後、マグマの上昇もないなかで地表に上がってきたのか。

なかなか難しい問題のようです。

 

 

そもそも日本列島は、付加体(ふかたい)といって、海のプレートの移動の動きに乗って遠くから運ばれてきた大きな岩体が、海溝などで潜り込めずに剥ぎ取られたものが、長い年月の間にいくつもいくつもくっついてできているのですが、

この結晶片岩の場合には、巨大な海嶺(山脈上の地形のことです)がプレートに運ばれ海溝に潜り込んだ際(←こういう現象はいまの日本列島周辺でも生じています)に、他の付加体とともに地下から地上に押し上げられた(押し出された)のではないか、という考えを提唱する学者もいるようです。

 

 

このたくさんの人があるいている結晶片岩(岩畳と名付けられています)は、なんと一枚岩です。

横幅数十メートル、縦数百メートルというサイズの結晶片岩の一枚岩です。

 

とても小さいですが、ポットホール(甌穴)がありました。

昔この場所が河床だったころに、岩のくぼみに石が入り、川の流れでくるくるくるくると延々と転がり、周囲の岩を削った結果、円形に削られたものです。

 

 

この長瀞の結晶片岩は、プレートの潜り込みという、地球が生きているそのもののようなダイナミックな地球の活動を肌で感じられる貴重な場所ですが、

同時に、中央構造線とも深いつながりがあります。

 

赤いラインが中央構造線です。

諏訪湖より東側は、中央構造線がどこを走っているのか特定が難しいのですが。

 

この長瀞でみられる結晶片岩は、三波川変成帯の岩石と呼ばれ、中央構造線の外側(外帯←日本列島でいえば下側です)を構成する岩石なのです。

 

 

中央構造線自体は、まだ日本列島がアジア大陸の東端にくっついていた時代に、アジア大陸が当時の海のプレートに押されてできた横ずれの大断層なのですが、

 

 

その中央構造線の外側(下側)の地質は、結晶片岩からなる地質なのです。

そのため、この三波川変成帯の結晶片岩があると、その近く(北側)には中央構造線が走っていることがわかります。

 

 

埼玉では、「うちには地震はこないから」という声が多いように感じますが、とんでもなくて、この秩父長瀞近辺を通ったあとは、最近の研究では、大宮付近を中央構造線が通っているのではないかと分析されています(より正確にはボーリング調査された岩槻市の地下3500mの南側500m以内に中央構造線が存在すると判断されています)。

 

仮にこの埼玉をとおる中央構造線自体が活断層として動かないとしても、大断層があるということは、それだけ他の地震のときに影響を受ける弱い場所ということを意味しますので、くれぐれも油断しないことが大切です。

 

 

いかにも 岩畳 という光景です。

 

畳のように歩きやすいのが長瀞。

関東の人も、しっかり中央構造線という大断層を意識して生活しましょう。

 

長瀞の岩畳には、過去に荒川が流れた跡や岩の割れ目が侵食されて、無数の沼や湿地として残っています。

そのため美しい植生もみられるのです。

 

対岸にはスケールの大きな秩父赤壁(せきへき)。

中国揚子江の「赤壁」に由来します。

 

 

とても美しい風景でした。

 

岩畳と名付けられた理由と、また、薄く剥がれやすいそうな結晶片岩の特徴がよくわかります。

薄く剥がれやすいからこそ、荒川の流れで侵食されてこのように平らになったわけです。

特にこの黒色片岩(もとは泥岩)は、剥がれやすさが際立っています。

 

秩父の山々からの荒川の流れ。

 

赤壁と紅葉。

このあたりは石英の成分が多く全体に白っぽいです。

 

岩畳を気持ちよく散策できます。

 

昔の荒川の流路跡が沼のように。

 

植生も沼の雰囲気です。

 

しばらく写真集として。

 

 

 

侵食されていく様子が目にみえるようです。

 

少し上流の虎岩をみにいく遊歩道は美しいアーチ状の秋の装い。

 

この茶色の縞々が通称虎岩。

緑色片岩とメランジュしています(←表現が正しいかどうかはともかく)。

 

 

メランジュっぽいです。

飲み込まれる緑色片岩。

 

虎岩は、元の玄武岩質の凝灰岩が変成したものと考えられているようです。

 

自然の芸術ですね。

 

 

少し王将アイスにみえてきました^^

 

虎岩は茶色の部分がスチルプノメレン、白色の部分が石英や曹長石からできています。

スチルプノメレンというのは黒雲母に似ているそうですが、褐色から黒褐色の鉄分に富むケイ酸塩鉱物ということ。

 

このあたりは緑色片岩が多いですね。

緑色片岩は元の岩石が玄武岩。

黒色片岩ほどぺらぺらと剥がれ侵食されないので、岩畳のようにはならないのですね。

 

地層の傾斜がよくわかります。

三波川変成帯の結晶片岩の層は、高さ数キロに及ぶとの研究もあります(大歩危付近の調査から)。

 

 

 

 

 

 

地球の窓とも呼ばれる秩父長瀞。

美しい自然とともに、地球の活動の痕跡をぜひ感じてみてください。

 

平成30年11月

弁護士 永野 海