男鹿半島の八望台、高松宮殿下の命名によります。

 

男鹿半島。

その形成過程はなかなか興味深いです。

 

八望台にわかりやすい男鹿半島の変化の図がありました。

縄文海進といって、縄文時代には、それまでの最終氷期の時代が終わって暖かくなり、北半球の氷床が溶けて、海水面が上昇しました。

日本でも数メートル海水面が上昇したために、一時的に男鹿半島は陸から切り離され「島」になりました。

その後、海水面が下がったり、陸が隆起したりして、いまの男鹿半島の姿に戻っています。

その際に取り残されてしまったのが八郎潟で、それを活かした干拓事業、大潟村の話などは教科書で習いましたね。

 

 

今回は、男鹿半島でみられる、珍しいマールという火山湖を見に来ました。

こういう特徴的な円形の湖では、カルデラ湖を想像する方は多いと思います。

(二ノ目潟を上方から撮影)

しかし、この湖は次のような過程で誕生しました。

1.約40万年前に、一度きりの噴火がここで起こりました(単成火山)

2.噴火は地下のマグマが地下水と反応した水蒸気爆発でした。男鹿半島のように地下水が豊富な場所では大規模な水蒸気爆発になります。

 

3.それにより直径400mの噴火口が生じ、その周囲は軽石などの噴出物や火災サージの堆積などで環状の丘になります

4.噴火口のあとに地下水が火口にたまり淡水湖に

 

二ノ目潟の奥の戸賀湾も円形ですね。

これも同様の時期にできた噴火口ですが、その後海が流入して湾になりました。

そのため、この湾の奥には火口が隠されているのです。

 

 

マールと、湾になったマール跡が同時に見られるのは素敵ですね。

 

八望台は、東に目を転じると、一ノ目潟(これは6~8万年前の新しいマール)もみられるんですが。

・・・かなり木々に隠されていますね。

 

これらのマールや戸賀湾の独特の形状から、当時、どのような地球の営みがあったのか、その光景を少し想像してみてください。

 

平成30年10月

弁護士 永野 海