小村先生(常葉大学)のFacebookでの投稿(問題提起)に触発されて、少し、災害救助法の意味について書いておこうと思いました。

災害救助法(以下、救助法)の意義を一言で整理することはとてもできませんが、私は救助法を適用することの大きな意味の1つは、

「平等確保」、と

「迅速確保」

にあると思っています。

まず、平等確保、について。

各市町村で生じた災害被害は、原則、当該市町村のお金で災害救助、被災者支援がなされることになります。

そうなると、


第1に、同じような災害の「被害」なのに金持ち自治体(市町村)かどうかで受けられる支援が変わる不合理が当然でてきます。

第2に、同じ1つの「災害(今回なら地震)」なのに市町村の区割りで市町村により被害が全く異なるときにたまたま被害が大きかった自治体(市町村)に費用を全て負担させる不合理もでてきます。

(地震も、噴火も、津波も、竜巻も、洪水も、土砂崩れも、災害の神様?は、市町村の境界線を意識して、これに応じて平等に被害を発生させてくれたりはしません)

そこで、救助法の出番です。

救助法は、なにか問題が起きたときにみなで助け合う「結(ゆい)」のような制度です。

農家みなでチームを作って、たまたまその年Aさんの田んぼだけが不作だったり問題が生じたら、みなで費用をだしあってそれに対処する。来年は我が身かもしれないからそうしたシステムでリスクヘッジする。

救助法も同じような側面があります。

都道府県が救助法を適用すれば、本来市町村が費用負担すべきものが原則「国」(税金)の負担になります。

*一部都道府県の負担とするという制度設計ですが、そこも特別地方交付税で国から結局補填されたりします

国(国民全員)の負担になるので、さきほど書いたような不平等の不条理、不合理が、結(ゆい)的精神で平等化されるわけです。


また、この話とも大いに関係しますが、お金を心配して、貧乏やケチな自治体(市町村)が本来行うべき救助を躊躇することで、その市町村の住民だからということで他の市町村なら受けられる救助が受けられなくなる、あるいは迅速に受けられなくなる被災者の不合理を解決してくれるのも救助法です(迅速の話)。

市町村は、お金は国(や都道府県)がだしてくれるからと、迅速に、積極的に被災者支援を行う体制になるんですね。

以上の2つは、救助法という法律があることの大きな意義だと思っています。

その上で、各災害に救助法を適用するべきかどうか、を考える必要があると思います。

今回の大阪北部地震の被害の大半は一部損壊被害、ライフライン被害ですね。

その被災者の皆さんや被災市町村を、結(ゆい)的精神で明日は我が身だから皆で(税金で)支援しましょう、とするかどうか。

ちなみに、過去の救助法支出の費用の大半は仮設住宅の関係ですから(津久井先生の著書によれば85%程度)、今回、一部損壊に従来の原則どおり仮設住宅を供与しなければ救助法適用で莫大なお金がかかるわけではなさそうです。

なお、私は、救助法、上記の観点から、躊躇せず積極的に適用していくべきだと思っています。

救助法について、一旦、適用を躊躇したり、うーんと唸って考えるようなことが当たり前になってしまうとどんどん自治体の判断が遅くなってしまいます。

こうした傾向は、災害時の対応としてボディーブローのようにきいていってしまうと思います。

災害対策本部設置の判断の問題と同じような色合いがあると思います。

また、法律家としていえば、二重ローンなどの解消にとても重要な被災ローン減免制度(自然災害債務整理ガイドライン)は、救助法が適用された場合に限り使える制度です。

幅広く救助法が適用されてもらいたいです。

 

弁護士 永野 海