名護市嘉陽層(かようそう)の褶曲(しゅうきょく)。

嘉陽層というのは地層の名前、褶曲というのは、地層がぐにゃぐにゃと曲がっていることです。

 

場所はこのあたり。

拡大すると・・・

 

写真の赤マークのところに車を停めるなどして、地図の一番下の「バン崎」というところまでひたすら歩きます。

海岸線を歩くのですが、大潮の干潮時刻のときでないと海が邪魔して行けません。

また、大潮の干潮時刻のときでも、太腿あたりまでは海に浸かることを覚悟する必要があります。

*決して安全な経路ではないのでくれぐれも個人のご判断でm(_ _)m

 

(スタート地点付近の砂岩泥岩互層の地層。このあたりはまだ褶曲していない)

沖縄というと南の島という印象が強いと思いますが(そのとおりなんですが)、実は沖縄本島は、大雑把にいえば、北半分と南半分で地面の成り立ちが全く違います。

 

沖縄の北半分は、実は、本州と同じ成り立ちで生まれています。

 

嘉陽層の地層は、いまから5000万年ほど前に、日本列島がまだアジア大陸の東端にくっついていた時代に、海の底で作られた地層です。

 

砂岩と泥岩(ないし頁岩)の互層ですから、いわゆるタービダイトと呼ばれる地層。

タービダイトについては

http://naganokai.com/murotomisaki/

この室戸岬編の後半部分をご覧ください。

 

(写真左奥の霞んだ島のあたりまでひたすら歩く。片道1時間程度)

海底で堆積した地層が、海のプレートの上に乗っかって移動してきて、アジア大陸の東端にくっつきました(押し付けられました)。

いわゆる付加体(ふかたい)です。

日本列島が、基本、付加体の集まりでできていることはこれまで何度も説明したとおりです。

 

(このあたりの海岸に落ちている石)

その後、1500万年ほど前から、海のプレートがユーラシアプレートに潜り込むのに伴い、背弧海盆たる日本海が拡大しはじめ、これによって現在の日本列島は、アジア大陸から切り離され、いまの場所に落ち着きました。

 

(海崖には多くの土砂崩れの跡と砂浜にはそれによる巨石の散乱がみられる)

そうして、沖縄の北半分も、アジア大陸から離れ、いまの場所にやってきました。

もともとこの場所でできた火山などの島ではないし、サンゴ礁の島でもないんですね。←ここが重要

 

この場所の地層は、付加体としては、それこそ先程の室戸岬などと同じ四万十帯(しまんとたい)に分類できる地層で、全くもって本州の地層と同じ仲間なんです。

 

(お馴染みの万座毛などは代表的な琉球石灰岩の台地)

他方で、沖縄の南半分は、正真正銘、南の島としての成り立ちです。

つい最近、いまのこの場所(沖縄本島)のサンゴ礁の化石などが石灰岩の地層となって堆積し、島を構成しています。

琉球石灰岩といわれたりします。

 

(傾く地層。写真右はよくみると大きく褶曲している)

沖縄本島の北半分にも、たとえば本部(もとぶ)などにも石灰岩の地層、カルストがみられますが、北半分にみられる石灰岩は、南半分の石灰岩と違って、ここでできた地層ではありません。

 

(本部(もとぶ)にみられる円錐カルスト地形)

こうした沖縄本島の北にみられる石灰岩は、沖縄(琉球)由来のものではなく、赤道付近でできた石灰岩の地層です。

 

ですから、沖縄本島北部の今帰仁城の石垣などは赤道付近で作られた何億年も前の古い石灰岩です。

とても固いです。

 

他方で首里城の石垣や道なんかは、南部のお城ですから、何億年前の古い石灰岩ではなく、本当の意味での?地産地消、この場所で生まれた新しい琉球石灰岩で作られています。

琉球石灰岩は、写真左上のように、穴がたくさん空いているのでわかりやすいです。

 

(こうした地層を右手にみながらひたすら海岸沿いを歩く)

本島の北半分にある石灰岩(今帰仁城の石垣)は、たとえば山口県の秋吉台などと同じで、地球の赤道付近で作られたサンゴ礁の化石などによる地層が、海のプレートに乗っかって、アジア大陸に付加体にくっついたものです。

それが、前述の、日本海の拡大という大事件によって、山口県やらこの沖縄本島北部にまでやってきたわけです。

 

(こうした海岸沿いの道を歩いていきます)

とにかく、今回の地層が、次のような過程でいまここにあることを理解しましょう。

1、海の深いところ、海溝のようなところで最初に堆積

2,海のプレートの大陸プレートへの潜り込みに伴い、アジア大陸の東端まで移動し、そこで剥ぎ取られ、大陸にくっつく(付加体)

3,その後、日本海(背弧海盆)の拡大と日本列島の形成の中で、アジア大陸から切り離され、現在の沖縄本島の北部にまでやってきた

 

(干潮時の蟹)

さて、今回の嘉陽層を理解した上で、現地をみていきましょう。

 

このあたりは細かな(幅の薄い)タービダイトの地層が傾いています。

 

途中にみられた断層。

プレートの潜り込みで大陸にぐいぐい押し付けられているわけですから、そこら中に断層が生じて当然です。

 

このあたりは、先程よりも、少し地層に厚みがありますね。

 

再び、蟹。

爪の紫がきれいです。

ハマガニか?

しかも蟹が蟹を食べてる???????

 

まだまだ遠いですが、まだ右側の地層をみる気力が残っています。

 

写真左は、大陸に押し付けられ付加されたときに垂直にされた地層?

写真中央は「くの字」に褶曲しています。

 

迫力のある、垂直になった地層。

 

かなりの厚み。

迫力があります。

 

付加されてきた、という感じですね。

 

写真中央は洞窟状になっています。

 

目指す「バン崎」はまだまだ崎です。

 

海食崖の上までしっかりと嘉陽層。

 

ずいぶん目印となる左側の島が近づいてきました。

ここの地層は、わたしには、蟹、にみえます。

 

美しい褶曲のラインですね。

この地面の下がどう続いているかも気になります。

 

お気に入りなので別ショットでもう1枚。

 

大潮の干潮でもこの程度です。

のんびりしてると戻れなくなりますよ。

 

ぐにゃり、と。

 

 

ダイナミックですね。

左の地層と、右の地層の褶曲が全く違います。

 

バームクーヘン??

 

島の正面付近まできました。

この島もタービダイトの地層ですね。

ここは水平な地層です。

大陸に押し付けられていないから??

 

かなり細かい互層が混沌と褶曲しています。

 

もはや芸術作品のようです。

 

拡大するとこんな感じ。

どんな押し付け時の応力があったんでしょうか。

 

これもすごい。

 

この左側のような傾斜角度は、比較的新しい時代の付加体がみられる海岸で共通してみられるものですね。

三浦半島の城ヶ島付近を思い出します。

 

タービダイトの傾斜をうまく利用して岩の上を登りながら渡り切るか、覚悟をきめて海の中を歩むか。

 

美しい褶曲のオブジェ。

目的地のバン崎の先端付近まできました。

 

裏側からみました。

よくぞ岩石が折れずに褶曲しているなあ、と感心。

 

そして、最終目的地、バン崎先端の褶曲。

半島の先端にいけばいくほど褶曲の度合いが大きくなっているのをみると、やはり、大陸に押し付けられたときの応力のかかりかたで褶曲度合いが決まってくるのかな、と思えてきます。

 

記念にもう1枚。

炎天下、岩場や海の中を1時間近く歩いてきたので、自撮りしようとする余力すら残っていませんでした(笑)

 

バン崎から西方を臨む。

 

北西側はこんな感じ。

 

バン崎の干潮の潮溜まりには熱帯の魚がたくさん。

さて、潮が満ちる前にまた1時間かけて戻りましょう。

 

さすがに海岸沿いを2時間は歩けない、あるいは、大潮の干潮の時間に合わない、という方は、とても簡単に嘉陽層がみられる場所が道路沿いにもあります。

 

場所はこちら。

小学校か公民館を目印にしてください。

 

ダイナミックです。

ここは車は通れないので、車をとめて200mほど道路を歩きます。

 

きれいに褶曲のラインがでていますね。

 

地層のサイズ感はこんな感じです。

 

最後にパノラマ写真で。

沖縄本島は単なる南の島ではないこと、北半分と南半分の成り立ちの違い、ダイナミックな褶曲地層とともにぜひ知ってください。

 

 平成30年8月

弁護士 永野 海