神縄(かんなわ)断層は,神奈川県の松田町から山北町をとおり,静岡県駿東郡小山町(すんとうぐんおやまちょう)にいたる断層です。

今回はこの神縄断層の露頭の1つ,小山町生土にある露頭を訪問しました。

 

地図でいうとこのあたり。

先ほどの写真の橋の手前までの道もかなりのでこぼこオフロードですが(苦笑),さすがに水量は少なくても川(晴天が続いた日でこれです)を車で渡る勇気はなく,ここに車を停めて,現地までは徒歩で向かいます。

 

道は整備されており,左側の崖にさえ注意すれば危なくありません。

神縄断層は、北側の丹沢層群と,南側の足柄層群を境する断層とされていますが,私がむしろ訪問した理由は,この断層が,昔の日本列島と伊豆半島の境界ともされているからです(諸説ありそうです)。

 

この露頭がある沢には,多すぎると思うぐらいの砂防えん堤が設けられています。

小山町は頻繁に水害が発生しているのです。特に2010年9月の台風9号では壊滅的な被害を受けました。

 

露頭までの道は,この黄色と黒のゲートが目印です。

先ほどの駐車スペースから露頭までの距離は,徒歩で10分から15分ほどでしょうか。

 

これも砂防えん堤。

現在の伊豆半島が日本の遥か南の海から,気の遠くなるような遅いスピードで毎年毎年北上し,ついに100万年前に日本列島に衝突したことは有名です。

 

(Wikipediaから引用)

伊豆半島の衝突は,この地図の赤い線である中央構造線まで,ぐにょっと北側に押し曲げた可能性があります。

すごいですね。

 

さらに,この地図からわかるように,駿河湾には深い溝があるんですが,

(駿河トラフといいます(海溝よりも浅い溝をトラフといいます))

この駿河トラフ,

 

もともとはこういう形だったのですが,

 

これも伊豆半島の北上により(正確にはフィリピン海プレートの大陸プレートへの潜り込みに伴い),曲げられたとする考えも一部にあります。

この駿河トラフが駿河湾に入り込んでいるおかげで,駿河湾は陸の近くから一気に2000m以上の深海に達する極めて特殊な海の地形となり,あの由比の名物サクラエビが食べられるようになり,沼津には深海水族館ができました。

 

さて,その伊豆半島の日本列島への衝突ですが,その結果,一体どこまでが伊豆半島の一部なのか,言葉を変えると,フィリピン海プレートなのかとても気になっていました。

 

(気象庁HPから引用)

日本とその周辺には4枚のプレートが接しています。こんな図はよくみますよね。

ここでいうフィリピン海プレートは,具体的に日本列島のどこまでなのか,非常に興味があったのです。

(海のプレートは海水を含んで重いので,陸のプレートの下に潜り込んでいきますので,実際には地下深くではもっともっと先まで進んでいるわけですが,取り急ぎ私が知りたかったのは,陸上ではどのあたりで接しているか(衝突しているのか)ということでした)

 

それがずばりここなんです!(一応諸説あります)

神縄断層。

 

 

ここです(笑)

エキストラさん,ありがとう。

 

この断層の左側のAが本州側(北米プレート),右側のBは伊豆半島(フィリピン海プレート)ということになります。

 

この断層露頭にせっちされた小山町教育委員会の案内にも,そのようなことが書いてあります。

具体的にここにある右側のBの地層自体は,ここに書いてあるように,丹沢山地から流れ出した礫層なのでもともとの伊豆半島の地層ではありませんが。

 

いずれにせよ非常にわくわくします。

伊豆半島といえば沼津あたりまでのイメージが強いですが,実際にはこんなに北まできているとは驚きです。

 

富士山と同じぐらいの緯度ですからね,もはや。

 

 

そうすると,今度はフィリピン海プレートが日本列島と衝突している北西の端ってどこだろう? って知りたくなりませんか?(笑)

あるいは,陸のプレートに毎日毎日少しずつ潜り込んでいるフィリピン海プレートの先端は,地下深~くで,いま現在どこまで到達しているのかも気になりませんか?

あるいは,そうやって毎日沈み込んでいるプレートって,最終的にどこにいくんだろう,とか(プレートの墓場みたいな)

そもそもプレートの「最初」ってどうなっているのか,とか。

 

そういうことが気になった人には,この本をお勧めしておきます。

プレートテクトニクスの基本的なことはだいたい書かれてあり,痒いところに手が届く本だと思います。

 

この日の帰路,小山町からはきれいな富士山が見えました。

静岡は地学を学ぶ自然の宝庫だと思います。

 

平成29年11月訪問

静岡市清水区 弁護士 永野 海