三浦半島の南端には三崎層という地層があります。

三崎層は1300m以上の厚さがある地層ですが1200~500万年前に海溝付近の深い海に堆積してできた地層です。

その後この海底にあった地層が,太平洋プレートの陸のプレートの潜り込みに伴い海底から切り離され,本州に付加体として付加され完全に陸上に姿をみせるようになったのはわずか50万年前のことです。

とても若い陸地なのです。

 

場所はこちら。

神奈川県三浦半島の最南端の島です。

 

三浦層群は,黒っぽい層と白っぽい層が見られます。

黒っぽいのは黒いスコリア質の砂岩や凝灰岩,白っぽいのは凝灰質のシルト岩(泥岩より少し粗い粒)です。

この互層が多くみられます。

スコリア質の地層が交互にたくさんみられることは,当時この地層ができた海底付近で,何度も何度もスコリアを噴出する海底火山の噴火があったことを示しています。

 

プレートテクトニクス理論からは,「三浦半島南部の三浦層群の内部構造は多くの逆断層と褶曲が解明され,液状化や注入現象も判明しました。それらは,現在の相模トラフに似た沈み込み境界をまたいで,伊豆・小笠原弧の前弧側にたまったものが,逆断層で本州弧側に付加した付加体であろうとされています」(日本の拡大と伊豆弧の衝突)と説明されます。

 

こうした地層をみていると,自然と,海洋プレートから引きはがされた付加体が,こうして1つずつプレートからの圧力を受けて本州にくっついていったんだなあ,という気持ちになります。

海洋プレートの潜り込みによってできた非常に若い付加体がみられる場所として三浦半島(や房総半島)は非常に貴重な場所なんです。

当初太平洋プレートの潜り込みにより付加され陸上に表れた三浦半島は,その後のフィリピン海プレートの北上によって時計回りに移動し現在の場所に落ち着いたともされています。

 

スランプ褶曲です。

特定の地層のラインにだけ発生しています。

このラインの上と下がきれいな地層になっているので地層全体がたとえば左右から押されたような褶曲ではなく,この部分だけ地震などによる海底地すべりで地層がぐちゃぐちゃになったもの思われます。

こうしたものをスランプ褶曲と呼びます。地層が完全に固まる前だから曲がるんですね。

 

城ヶ島灯台と,その手前には非常にわかりやすい断層が見られます。

城ヶ島は,(ありがたくないことかも知れませんが),断層の宝庫です。

いたるところに互層地層を断層が切り裂いています。

海洋プレートの潜り込み圧力を相当受けているのでしょう。

また,南アルプスなどとも同様で,現在も日々大きな隆起圧力を受け続けている地域でもあります。

後述のように,関東地震では数メートルという規模で地盤が隆起しています。

 

単なる断層ではなく,火炎構造(炎みたいなところありますね)部分がきれいに断層で切られています。

ものすごいコラボです。

白い炎にみえるのは火山灰が固まった凝灰岩層。この地層が堆積したあと固まるまえに上のスコリア質砂岩層が堆積し,その重さで炎のような形状に変化したものです。

 

そして,ここの断層は,まさに逆断層ですね。

 

三浦層群と美しい海岸段丘。

この場所が度々の地震で隆起したことを示唆します。

室戸岬や御前崎と非常に似た景観です。

 

ポットホールのようなものもみえる海食棚です。

 

 

このあたりはスコリア質の黒が主流になっています。

美しい地層です。

 

大きな断層です。

左側はスコリアの層,右は凝灰質の砂岩。

断層で谷地形になっています。

 

馬の背洞門とよばれます。

波などで侵食され穴があいた海食洞です。

波で侵食されたことからわかるように以前ここは海のラインでした。

しかしいまは海より穴が上がっています。

関東地震(関東大震災)で1.5m隆起したことによるもので,災害痕跡といえます。

 

美しい海岸段丘です。

 

赤茶色の土は,この写真手前も,奥の海岸段丘の中ほどの部分についても,いずれも関東ローム層です。

関東地方の富士山,箱根山,愛鷹山などの火山噴火により堆積した火山砕屑物です。

 

きれいに互層地層がRの弧を描いています。

向斜構造といいます。

 

三浦半島の城ヶ島は,様々な地学の観察場所に溢れたところであるとともに,日本列島に付加された付加体,数多くの断層など地球のダイナミズムを感じることのできる貴重な場所です。

 

平成30年3月

静岡市清水区 弁護士 永野 海