改めて、震災当時小学生だった子どもたちが作った「女川いのちの石碑」全文を以下引用します。

来月また女川にいけそうですので、いくつ石碑に挨拶ができるか、と。

30年に一度の地震の防災より100年に一度の地震の防災(継承)は何倍も難しく1000年に一度の地震の防災は途方もなく難しいです。

でもその難しい1000年後に備える防災ができるのは、この石碑が象徴するように、最後は、子どもたちの力しかないと思います。

私もふくめ大人の力には限界があります。1000年後の人にまで届く大きな声をだせるのは子どもたちしかいない。

100年、1000年ごとに繰り返し海溝型地震が発生する地域は子どもたちを主役にした防災に等しく取り組むべきだと思います。

(以下、全文引用)

東日本大震災で、多くの人々の尊い命が失われました。地震後に起きた大津波によって、ふるさとは飲み込まれ、かけがえのないたくさんの宝物が奪われました。

「これから生まれてくる人たちに、あの悲しみ、あの苦しみを、再びあわせたくない!!」その願いで、「千年後の命を守る」ための対策案として、①非常時に助け合うため普段からの絆を強くする。②高台にまちを作り、避難路を整備する。③震災の記録を後世に残す。を合言葉に、私たちはこの石碑を建てました。

ここは津波が到達した地点なので、絶対に移動させないでください。

もし、大きな地震が来たら、この石碑よりも上へ逃げてください。

逃げない人がいても、無理やりにでも連れ出してください。

家に戻ろうとしている人がいれば、絶対に引き止めてください。

今、女川町はどうなっていますか?

悲しみで涙を流す人が少しでも減り、笑顔あふれる町になっていることを祈り、そして信じています。

2014年3月 女川中卒業生一同

同時に、いつもお話するように、日本海溝と南海トラフでは日本列島までの距離が全く違います。

海底地すべりだって起こりえます。

東北では30分の猶予があっても静岡では数分ないし10分後の津波です。

逃げない人を無理やり連れ出す時間は残念ながらないという厳しい現実もみなが念頭におかなければなりません。

もう1つ。

自分自身まだ答えが出せない難しい問題なのですが、あの地震と津波を経験した、子どもたちは、考えに考えた結果、「高台にまちを作る」ことを3本柱の1つに据えたのだなあと思い、とても感銘を受けています。

平成30年11月

弁護士 永野 海