人が死なない防災/片田敏孝
人が死なない防災/片田敏孝/集英社新書
これまで読んだことのある防災や災害対策の書籍のなかでもっとも感動した本です。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312
片田先生がどんな人か、この本がどんな本かは、私が冗長に説明するよりも、上記リンク先を読むのが手っ取り早いと思います。
とにかく、防災や災害対策に関心がある全ての人にとっての必読書だと思いますし、本来の目的からすれば、防災に関心がない人ほど手にとっていただかないと困る本でもあります。
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片田先生は著作のなかで常に謙遜、というか「できたことよりもできなかったことへの反省」の思いを示されていますが、片田先生がなんと自己評価されようと、東日本大震災から釜石の小中学生の命、そしてその周囲の人たちの命を救ったのは、ほかならぬ片田先生です。
釜石市をどのような津波が襲ったかは、多くの人が映像でご覧になられたと思います。あの津波のなかで、釜石市の当日登校していた小中学生は誰一人死亡しなかったのです。
津波の危険が生じた場合には、自分一人でも高いところに逃げる、という基本がどれだけ大切か。
また、同時に、「津波の危険が生じた場合には、自分一人でも高いところに逃げる」ということが、現実にはどれほど難しいことなのか。
この本を読むと痛いほどよくわかります。
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片田先生は、子どもに対する防災教育がもっとも防災の取り組みの裾野を広げる方法と分析し(子どもが変われば周囲も変わる、また子どもはやがて大人になりそれを我が子にも伝えるようになります)、徹底して徹底して繰り返し繰り返し津波避難の教育と訓練を行なってきました。
片田先生の防災教育により、釜石の小中学生の親は、ついに、「うちの子は地震がきたら逃げるなといったって一人で逃げますよ」、と確信をもって話すまでになります。
親が、「我が子が自分一人でもちゃんと避難すること」を確信できてはじめて、親も子どもを助けにいかず、自分一人で逃げられるようになります。
子どもを変えれば、周囲も変わっていくのです。
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そして、片田先生の防災教育の1つの大きな特徴は、決して、地震や津波の恐怖を知らしめることによる方法での避難指導をしないことにあります。
人は、恐怖を長く感じ続け、意識し続けることはできない生き物です。人がもつ生存のための防衛本能として、恐怖はなるべく都合よく忘れようとする働きがあるため、恐怖による避難は長くつづきません。避難訓練の参加者だって、残念ながら2011年から毎年減少していっているのが普通です。
また、そういう防災教育をすれば、海沿いの町の子どもたちが自分が生まれ、育った町を愛せなくなってしまいます。それはとても悲しいことです。
しかも、防災の基本の1つは、地元愛、地域愛です。
愛する地元、愛するこの町を災害で失いたくない、家族はもちろん、隣のあの人にもあの人にも死んでもらいたくないという思いが防災の取り組みにつながります。
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そのため、片田先生は、海沿いの町の子どもたちには、津波避難は、この美しい海の恵みを日々受けているこの町の人間がこの町に住む作法だ、と教えます。
この美しい、恵み豊かな、生業を支え、幸せを与えてくれる海と毎日毎日暮らす作法として、数十年に一度、100年に一度は、きちんと避難行動をしないといけない、そう教えるんです。
海と暮らす人間の作法だ、というのは全くもってそのとおりだと思います。
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プレートテクトニクス理論の確立によって、海溝型地震による津波の仕組みが非常に正確に明らかになってきました。
津波は「なぜかたまにきてしまうもの」では全くありません。
地球の本質的な活動、というか地球のありようそのものともいうべきプレートの潜り込み運動によって、「必ず」定期的に生じる地球上の事象です。
太陽が朝になれば上ってくるのと全く同じように、津波は定期的に生じるのです。地球科学そのものなんです。
だから、それに対応していくことは、海沿いを生活の場とする人が当然やらなければならない対応、つまりは作法というべきなんです。
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一人でも多くの人が片田先生の本をご覧になり、自然に津波避難の作法、そのための事前準備、作法としての訓練を実践していただき、定期的に必ずやってくる津波からごく当然のように命を守っていただきたいと思います。
静岡市清水区 弁護士 永野 海