前回の滞迫峡の続きです。

 

阿蘇山における(いまのところ最後の)破局噴火(カルデラ噴火)である9万年前の噴火では、600km3の火山噴出物が九州を覆うとともに、その全域が焼き尽くされました。

北東方向の大野川盆地を流れ下った高熱の火砕流は、冷えて巨大な溶結凝灰岩の地層を作りました。

 

膨大に流れ込んだ火砕流は、大野川盆地を平坦地にしました。

その後、大野川水系の緒方川が流れ込み、何万年という時間をかけて、分厚く堆積した火砕流による溶結凝灰岩を侵食していきました。

写真は、滝の真上(こうやって簡単に滝の上がみえる場所も珍しいです)。

 

よくみると、穴がいくつも空いていますね。

これは甌穴(ポットホール)といって、昔、ここが緒方川の川底だったときに、窪みに石ころが入り込み、気が遠くなるような時間をかけて、その石ころが川底をころころと回転して削り、円形の窪みを作ったのです。

つまり、大昔からこの場所が川底だったことがわかります。

 

滝の上流側にみえるこの山は祖母山(そぼさん・標高1,756m)ですかね(違ったらご指摘をm(_ _)m)。

祖母山は、1000数百万年前に活動していた火山です。

噴火活動が終わったあと一旦侵食により削られ、その後300万年前頃に再度、地殻変動により隆起して現在の山の姿になったといわれています。

(そのため花崗岩が随所に顔をだしています)

 

遠く祖母山(?)を望みつつ、田園の奥には緒方三社のうち二ノ宮の鳥居。

幻想的な風景でした。

 

さて、滝に戻りましょう。

滝壺へと落ちる緒方川の水は、河床の甌穴もあり幻想的な流れとなり、

 

幅120メートル、高さ20メートルに渡り雄大な光景を作り出しています。

 

この滝が、溶結凝灰岩でできていることは、この六角柱の柱状節理をみるとよくわかりますね。

 

溶結凝灰岩の地層を、あとから流れ込んだ河川が、下流側から徐々に削りとり、だんだん滝の位置が上流側に後退してきたものと思われます。

 

日々この緒方川の流れがこの壁を侵食し、凝灰岩を崩していきますので、遠い将来には、原尻の滝はもっともっと上流側に移動していることでしょう。

 

この吊橋により滝を正面からみることができます。

 

虹ができていますね。

 

滝の上流にも鳥居が配置されています。

 

正面から。

 

 

いかがでしたが、東洋のナイアガラ、原尻の滝。

9万年前の巨大火砕流が作った平坦地。

それを気の遠くなるような時間をかけて下流側から侵食し作られた滝。

阿蘇が作った自然の恵みの1つでもあります。

 

平成31年1月

弁護士 永野 海