袋井市は高潮、津波災害の(残念ながら)宝庫だと思います。

 

こんな施設、みなさん知ってますか?

 

近藤記念館といいます。近藤さんのおかげです。

 

これは江戸時代の(高潮から住民の命を守る)命山の模型です。

 

こんな模型がある場所ってそうそうないですよ。

 

これは当時の袋井。

わかりますか。中央より左側は、この江戸時代の当時から、高潮を警戒し、堤防で村落を守っていますね。濃い色になっているところ堤防なんです。

 

ここの部分、注目してください。

大野村と中新田村は、さきほどの高潮堤防の外側にありますね。

記念館の職員さんは、この堤防ができたあとに、この場所に住民が住み始めたのではないか、とおっしゃっていました。

真相はわかりませんが、そうなると、大野村、中新田村の住民を水害(ここでは高潮)から守る必要が生じてくるわけです。

 

パンフレットも充実してます。

 

横には袋井市郷土資料館も隣接していて楽しいですよ。

 

これが入り口。

 

これが江戸時代の高潮被害を防ぐ命山の1つめ、大野村の命山です。

当時は海岸線はこの近くでした。

高潮対策としては、この程度の高さの命山でも住民の命を守れるという想定でした。

詳細はこれをご覧ください。

 

命山の上には、祠がありました。

 

高さのイメージ的にはこんな感じです。

 

江戸時代の高潮対策の命山ですが、本当に避難時間がない南海トラフ地震を想定すると、この程度の盛り土でも、避難困難者の命を救ってくれるかもしれないと本当に思うのです。

 

横からみた様子。

 

こちらは少し移動した、中新田村の江戸時代の命山。

高さはこちらの方が少し高いです。

ここから海岸まではいまではかなりの距離がありますが、当時はもっと近かったものと思われます。

 

こんな感じで。

 

やはり命山の上にはいろいろと建ってます。

 

 

反対側(北側から)。

江戸時代の命山はここに説明が。

 

他方、これが東日本大震災を経験した現袋井市が建設した命山です。

賛否あるようですが、基本、ないよりあるほうがいいです。

予算に限りがないなら。

さきほどの中新田の江戸時代の命山の本当に目と鼻の先にあります。

 

でも、上まであがってみると、スペースはあるが、それ以外はなにもない、と。

防災倉庫もない。

看板をみると、津波警報が解除されるまでここにいなさい、と書いてありましたが、ご存知のとおり、津波警報解除までってものすごーく時間がかかります。

でも、この命山の上には、携帯トイレもなければ、水もない、何もない。

みなさん、本当にこの命山を活用するおつもりありますか?、お聞きしてみたくなりました。

 

 

防潮堤も着々と整備されている袋井ですが、地域の皆さんが、本気で大津波を想像して、命山の活用を議論し、不十分なところを本気で行政に陳情し必要なものが整備されるようになることを切に祈りたいと思いました。

 

平成30年3月訪問

静岡市清水区 弁護士 永野 海