(三河地震で隆起した深溝断層の痕跡)

ポールをわかりやすく立ててくれていますが。元の水田が写真奥が高くなっています。

ここが深溝(ふこうず)断層。

基本的には、左横ずれ断層なので、写真の上の高い側が左に動き、写真手前の低い側が右にずれました。

しかし、隆起も伴ったので写真のようになっています。

 

西側から同じ場所をみたところ。

三河地震は、1945年1月13日に三河湾で発生した地震です。

その前月に昭和の東南海地震が発生していますので、この南海トラフ地震に関連する地震とみることができます。

戦時中で情報統制化にあったということもあり、正確な情報把握が難しいのですが、マグニチュードは7前後、最大震度は西尾市で現在の等級で7とされます。

文献によれば、死者1,180人、行方不明者1,126人、家屋全壊7,221戸、半壊1万6,555戸などとされます。

震源が極めて浅いこともあり大きな被害がでました。

死因は多くが建物倒壊による圧死。特に断層線近くの被害が甚大だったようです。

 

 

三河湾近辺には複数の断層が存在するほか、湾内を中央構造線まで横切っていますので、フィリピン海プレートの南海トラフへの潜り込みによる応力を非常に受けやすい土地柄といえると思います。

 

これは別の痕跡地における蒲郡市教育委員会の作成図ですが、三河地震により、この深溝断層と横須賀断層の2つの大きな断層が地上に現れたことになります。

 

 

実際、Googleマップでみても、深溝断層が断層地形を作り出していることがよくわかります。

 

この観察ポイントは、観察がしやすいように遊歩道が整備されているので非常にありがたいです。

 

訪れるなら夏以外がお勧めです。夏は草が茂り土地の隆起状況が観察しにくくなります。

 

この手の隆起した断層が天然記念物として保存されている例は実はそれほど多くありません。

濃尾地震の際の根尾谷断層などは最高の例ですが、数が少ないので、ここ愛知県幸田町も末永く保存し、災害を承継していく材料にしてもらいたいと思います。

 

この深溝断層は、調査では、活動周期が数万年(早いところでも前回の活動が4000年前)という断層とされています。

100年、1000年という周期で次回を心配する断層ではないかもしれませんが、そもそも前述のようにこのあたりは断層密集地帯です。

未知の断層もいくらでも想定されますので、南海トラフとセットで気にかける地域といえます。

 

かなり見にくくなってしまっていますが、このポイントの解説がなされています。

 

断層の断面図もありました。

逆断層型ですね。

 

地域には素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀る深溝神社があります。

ちょうどこの日は3月11日でしたので、東日本大震災の犠牲者に祈りを捧げました。

 

愛知県幸田町、とてもきれいな田園風景が残る町でした。

隣接する蒲郡市では三河湾の海の幸も堪能でき、複数の温泉もあります。

旅行のついでに少し立ち寄り、海溝型地震に伴う内陸の断層の活動による被害についても改めて意識してもらえればと思います。

 

平成30年3月訪問

静岡市清水区 弁護士 永野 海