引き続き津波災害からの復興について考えます。

なお、写真は全て2018年12月の陸前高田の復興状況に関するものですが、本文とは直接の関係はありません。

 

復興について語るのは、ある意味ではとても難しいことです。

言葉を紡ぐ際に、被災者の方のさまざまな顔が浮かびます。

しかも福島第一原発に近い南相馬の避難所支援からはじまった私の支援経験ですから、被災者の皆さんにとっての故郷というものの大切さももちろん痛感しています。

 

その一方で、地球科学を少しずつ学ぶ中で私が感じてきている

・自然観、や

・自然と人間との関わり方についての考え方

は、ある意味では、被災者、市民、人間に対して、ある意味でとてもドライ、あるいはシビアな表現も時に選ぶことになりがちです。

また、経済学をなまじ学んだものとして、日本経済の将来展望との関係で、持続可能な復興政策とは何だろうという、これまたドライ、シビアな視点も持ってしまいます。

 

誤解を恐れずにいえば、現状、国や自治体が、市民の安心安全を守らなければいけないという呪縛が大きすぎるような気がしています。

高度成長期の日本が永遠に続くならそれもよいですが、どう考えても、日本は日々衰退しているし、その流れを変えられる要素もなさそうです。

 

単純な話として、町を取り囲む津波防潮堤を高々と作ったとして、その巨大なコンクリートを1000年後まで維持できるでしょうか?

美しい海はみえなくなり、目の前にはコンクリートの壁だけ、人が生きる幸せのうち「自然との一体感」という大きな部分を大々的に犠牲にした上、結局維持管理ができず、200年後には廃墟のようなコンクリートの残骸だけが残り、500年後にコンクリートの残骸の上を大津波が超えてきました。

こんな馬鹿馬鹿しい未来が本当に待っていそうです。

 

この国がなしうる現実的な方策はなにか、ここは行政というよりは、市民自体がしっかりと考え、理解し、判断しなければなりません

そして、なんでもかんでも行政に頼る、行政に防災の責任を押し付ける思考から脱脚することが、津波防災からの復興や事前復興を考える上で不可欠ではないかと思うのです。

 

言い方を変えれば、「行政がなすべき防災の最低限」というものについて行政と市民の両者に共通理解を作ることが大切です。

私はその「最低限」には津波防潮堤は基本入らないと思っています。

人間の営みやこの国の将来性を考えた場合には、自然とある程度戦うという側面では、津波ではなく、河川の治水対策が1つの限界ではないでしょうか。

 

津波との関係で行政がなすべきことは以下のようなことではないかと思っています。

⑴ 住民に安全、危険についての正しい情報を発信する

⑵ 上記の安全な場所に各種拠点施設を配置するとともに

⑶ 上記の危険な場所には病院など一定施設の建設を法的に規制する(オレンジゾーンの話ですね)

⑷ 危険(=安全とはいい切れない)な場所にいる市民のために、予算上可能な限りで避難路、避難場所(高所)を設置し、徹底した防災教育と実践的な避難訓練を提供する

 

⑴はもちろんハザードマップの話でもあるわけですが、前記の「行政がなんでもかんでもやらないといけない呪縛」に大いに関係します。

行政がなんでもかんでも防災上の責任を負うというような呪縛が、嘘のハザードマップ作り(各種忖度が働いた安全側の情報に寄りすぎた情報)につながってしまいます。

この呪縛から解放されれば(市民の責任が大きい)、危険性について、ある意味で無責任な、しかし思い切ったアナウンスが可能になります。

ここは危険だよ、住居の建築規制まではしないけど住むなら行政は責任を持てませんよ、など。

 

とにかく忖度のない正しいリスク情報を共有することが大前提です。

その上で、十分な消費者防災教育をし、そこに住むのか、住むならどうやって避難するのか、住民側がしっかりと考えなければならないのです。

この私の考え方からすると、町の市街地が、東日本大震災の津波レベルよりも低い場所にあるからといって、全面的に膨大なかさ上げ工事をする、などということはしなくてよいのではないか、ということになります。

(そもそも南海トラフ地震のような東日本大震災の10倍以上のレベルの被害規模の災害に対して、東北被災地が行えたような復興工事を行うような国家予算はそもそもとれないと思いますが)

 

人類はその誕生のときからずっと自然災害と共にあります。

いくら巨大な防潮堤を作ったところで自然の力に永遠に対抗することはできません。

地球や宇宙というものは、人間が抗えるほど小さな存在ではありません。

自然の巨大すぎる力をどう人間のもつ知恵で「かわし」ていくかが人類が自然や地球と相対すべき土俵です。

 

自然の大きさを学び知りましょう

人間が地球の46億年の人生のなかでどのような存在であるかを感じましょう

その上で人間、あるいは我が国の身の丈にあった復興や防災というものがどういうものであるかを考え、

そこでの復興や防災の「形」のなかで、皆さんそれぞれが大切な人を守るために過去や科学的知見から学び、最善を尽くしましょう

 

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平成30年12月

弁護士 永野 海