南海トラフ地震が起こったときに、自分が微力でも復興まちづくりにおいて、被災者の皆さんに寄り添い、お手伝いができるように、昨年末の東北被災地歩きの続きとして、神戸にいってきました。

全国被災地交流集会「円卓会議」

東日本大震災の「復興知」を繋ぐ

1月12日(土)13時~17時半(関西学院会館レセプションホール)

◎以下、そのまとめとして残しておきます。

・細かな知識の部分は末尾に昨日の速記録3つを引用しますので言及しません。


・改めてですが、復興やまちづくりにおいては、必ず住民と行政の間をつなぐ「翻訳の専門家」が必要だということです(*さらに理想をいえば住民の意思決定を支援する専門家まで必要でしょうがそこまでできる人材(能力だけでなく頻繁に会合に参加するという意味でも)は限られています。全ての地区に派遣はできないでしょう)

・昨日の気仙沼からの報告は、一言でいえば、一方的に復興まちづくり、特に防潮堤建設を進める県や国に対する激烈な不満、でしたが、こうした不満は東北被災地のどこにもある問題です

・昨日の定池さん(東北大学)の言葉にもありましたが、その問題は奥尻島の復興時代からあったものです。行政から防潮堤の説明があったときには、協議や議論ではなく、作ることにしたからねという一方的な説明会、住民は被災後の混乱の中で問題を深く検討することはできず、実際防潮堤ができてから、「え、こんなに大きいの」「え、海がこんなに見えなくなるんだ」と気づくという現実

・気仙沼市民はそもそも防潮堤計画の説明会の開催自体が遅すぎると反発する一方で、行政側としては、国の会議でL1の定義を議論し、L1対応の防潮堤の高さを設計し、具体的な予算がついてはじめて設計図が描け、ようやく住民に責任をもって説明できるという”事情”もあります(住民をもっと信頼できて、途中経過でも、途中経過と断った上で丁寧な経過報告ができればベターなのでしょう)

・しかも復興交付金が使える期限が、5年だ、10年だ、なんだと急かされ、いま防潮堤を作らないとあとで作りたいといってもお金はでないよ、とか、防潮堤を作らないと安全な町の前提が作れないからまちづくりに取り掛かれないよ、とか、いって脅される構図ができます

・南海トラフ地震が巨大な規模が生じた際に、同じように復興交付金ができて町を取り囲むような防潮堤を作る予算が国からでるとも思えませんが、それはさておき

・大事なのは、どんな状況になろうとも、発災後かなり早い段階で、復興まちづくりというのがどういうものなのか、過去にどういう失敗事例があったのか、行政が作ってくる難しい書面(L1,L2、警戒区域・・・)が要するにどんな意味なのか、住民たちが考えるべきことはどういうことなのか、住民として何がいえるのか、そういうことを丁寧に教えてまわる人材がかならず必要だということです

・すべての地区にそんな専門家が常駐することは難しいので、定期的にそういう翻訳支援を受けたあとは、地区の誰かがリーダーになって引き継ぎ自主的に作り上げていくしかないでしょう

*南海トラフ地震が起きたら翻訳家ぐらいにはなれるかもしれないので各地域の皆様、呼んでください(笑) まあそのためにいまから勉強しているわけですので

・行政からの説明を待っていたのでは圧倒的に遅いのです。行政に先んじるぐらいの速度で、どういう町にしたいのかを住民が主体的に考え、話し合わないといけない。そうでないと手遅れになる。そういうことを伝えてあげることがとても大切です

・それはそうと、復興まちづくりは100町あれば100とおりです。これはきれいごとや、慣用句でいっているわけではなく本当にそうなのです

・昨日も女川の職員さんが(ある種)きれいに海から段々のかさ上げをして、エリアをきれいにわけることができたのは、海から山までの距離が近いからできたことだ、といっていましたが、まさにそうで、同じことは陸前高田ではできません。女川はそういう意味でも地形の利があったのです

・そういう地形的なことも考えつつ、うちの町には防潮堤が必要なのか、作るならどんなものにするのか、そういうことは発災後落ち着かない状況で、ましてや期限を切られて満足いく答えをだせるような話ではありません(それでもださないといけないわけですが)

・平時から何をすべきか、まさにそういう議論を平時にしておかなければならないと思います。なかなか災害前に本気で考えることは難しいし、どんな津波が実際にきたかという事実も踏まえないと議論は難しいでしょうが、それでも少しでも議論をしないといけない

・昨日の定池さんの言葉ですが、奥尻島の景色は防潮堤によって全く変わってしまったが、新しく生まれてくる子供たちにとっては、その防潮堤がある景色が「当たり前」になります。違和感なんて感じません。生まれたときからあったものです

・そうなる子供たちに、大人たちが、どんな信念と次世代の子どもたちへの思いをもって、なぜ防潮堤を作ることにしたのか、なぜ防潮堤をこの形にしたのか、を胸をはって説明できるものでないとあまりに悲しい。そういうことを想像しながらまちづくりの事前準備にとりかかることが大切かと

・そしてもう1つ大切なことは、災害前から、住民と行政のコミュニケーションの形、土台を少しでも作っておくことです

・行政に文句ばかりいっても、行政のことを聞くだけでも、行政に頼るだけでもどうにもなりません。地域でしっかりと議論する構造をまずは作っておくこと、その構造がしっかりしたものであれば行政も向き合わざるを得ないし、むしろ行政としてもそういう対話窓口があると楽な側面もあるでしょう

・そして、どんな些細なことでもよいので、地域で住民主体で話し合って決めたことを、行政に相談し、行政と住民が一緒になって物事に取り組んでいく、という実例を1つでも2つでも作っておくこと

・そういう住民と行政が協働してかかわりながら問題にあたっていく、そういう土壌が少しでもあったかなかったかが、災害後の復興まちづくりに大きく影響しているのが東北被災地の現実だと思います。そこから学ばないと。

取り急ぎ

終了後は、近畿災害対策まちづくり支援機構の懇親会に急遽合流させてもらいました。

全国の災害問題に取り組む先輩や仲間と夜遅くまで神戸の夜で語り合いました。

 

平成31年1月

弁護士 永野 海