写真は、今月訪問した熊本の益城町で公費解体を待つ倒壊したアパートです。

 

東日本大震災から今日で丸6年が経ちました。

当時から災害委員会の委員でしたが、6年前のあの日を契機として、私の災害委員としての本格的な活動がはじまりました。

 

6年目の節目だからといって、この6年間の自分の災害対策の活動を総括することはとてもできそうにありません。

やらなければいけないこと、できていないことが無数にあります。

ポイントとなるのは、後々にまでしっかりと残るような活動かどうか、です。

 

毎月のように防災の講演や報告の機会をいただくようになりましたが、どんな小さなものであれ、その場限りではなく、自分がその場から離れたとしてもその後に残るような活動でなければ意義に乏しい、と思います。

たとえば、過去に津波があったことを知らせる石碑のような。

また、その石碑の存在が日常のなかで風化しないようにする取り組みのような。

人を育てることも大事ですね。

自分のなかだけで知見を深めていっても次にはつながりません。

 

また今年1年、そうした意識を強くもって地道に活動を続けていきたいと思います。

 

さて、この2、3週間は、災害関係では、慌ただしい日常でした。

 

2月下旬の3日間、被災地熊本を訪問しました。

仮設住宅で現地の自治会長さんからお話を伺い、特に被害が大きかった益城町の視察、熊本市役所、熊本県社協、熊本県弁護士会などからお話を伺いました。

特に、南海トラフを見据えて、自治体との災害連携としてどのような形をとることが有効な被災者支援につながるかという視点をもって、各方面からお話をうかがったものです。

9月の関弁連による災害シンポジウムで視察の成果をまとめた報告を行う予定です。

後々にしっかりと残る成果となるよう努めます。

 

熊本では、熊本城再建への寄付を行い、熊本城主となりました^^

4か月後に正式な城主証が送られてくるようです。

 

 

翌週末からは、今度は日弁連の災害復興支援委員会の全国協議会のため石川県へ。

能登半島地震から10年。

20年近く輪島市長を務めている梶 文秋さんからお話を伺いました。

能登半島地震で実際に行った対策、対応について含蓄に富んだお話でしたが、

特に、

輪島方式という、自治体が全壊家屋の底地の寄付を受けてその上に復興公営住宅を建て、10年後に元の所有者に安く(適切な価格で)払い下げる方式についてのお話が大変興味深かったです。

復興段階では、被災地域のコミュニティをいかに維持するか、が重い課題となります。

上記輪島方式は、このための1つの有効なアイデアだと思いました。地元自治体は上から補助金を受ける関係でどの自治体でもとりうるアイデアなのかどうか、今後勉強したいと思います。

もっとも、輪島では、この自治体の提案に応じた被災世帯はわずか4世帯とのこと。

やはり、一度でも自らの土地を手放すということに大きな抵抗があったのでしょうか。

全国協議会では、静岡の自治体との災害連携の現状について、報告をさせていただきました。

 

現在、静岡県とも、静岡市とも、両自治体のご理解とご協力により、災害協定の大きな見直し作業に入っています。

今年中に形になると思いますので、改めてご報告したいと思います。

これらも、「後々にしっかりと残るものに」、をテーマにした見直し作業です。

 

 

熊本視察と石川視察の間には、静岡県の災害ボランティアのための図上訓練も開催されました。

 

私は今年この2日間の図上訓練の運営委員の立場にありながら、1年間、ほとんど活動できずご迷惑をおかけしてしまいました。

写真は、1日目最後の交流会の様子です。

300人ほどが全国から参加されました。

 

こうした場は、弁護士が(あるいは私が)、社協や災害ボランティアの皆さんとつながる数少ない貴重な機会です。

昨年、今年と声をかけていただいて、本当にありがたいです。

1日目

「士業×ボランティア」

というテーマで30分ほどお話をさせていただきました。

 

東日本大震災から6年経ち、広島の水害でも、熊本地震でも、糸魚川の大火災でも、東日本の被災地でも、岩泉での台風10号被害でも、

 

ありとあらゆる災害の場で、士業とボランティアが協力しながら被災地支援に当たっています。

 

具体的な事例をいくつかご紹介させていただきました。

 

また、このブログのなかでもご紹介していきたいと思います。

 

ひとまずこのあたりで。

 

静岡市清水区 中央法律事務所

弁護士 永野 海