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1000年後の子どもたちを自然災害から守るということ

なぜ静岡で防災講演をするのか。

なぜ東北被災地に学びにいくのか。

ー絶対に失いたくない子どもの命を、あの時ああしていれば、と後悔して失いたくないからです

―そうした思いを誰にもしてもらいたくないからです

あの日の津波で奥様もたくさんの部下も失われた陸前高田の市長さんは、「後悔にはあとから笑える後悔と、死ぬまで消えることのない後悔がある」とおっしゃっていました。

ー学ぶしかありません。

そして、被災地から学ぶことが、あの日犠牲になった人々、子どもたちの命をいつまでも輝かせ続ける、1つのありようだと信じています。

全ての日本人の責任でもあると思っています。

いつも言いますが、30年毎にやってくる自然災害に備えることはそこまで難しいものではないかも知れません。

有珠山の噴火

宮城県沖地震

しかし、100年、200年ごと、ましてや1000年毎(東北地方太平洋沖地震)や、突発的な海底地すべりによる津波(奥尻島)に備えることは、生半可なことではありません。

そのために必要なのは、

動物たちが天敵から身を護る術をDNAに刻み込んでいる

ように、

この変動帯にある国・日本に住む私達のDNAが何を刻み込むことができるか

という視点です。

大川小学校のご遺族佐藤敏郎さんは、

なぜあの時、大川小学校では、念の為逃げる、というスイッチが入らなかったのか

を問われています。

言葉にすると、本当に簡単なように思える、”念のために逃げる”。

でも、これが実は本当に難しいんです。

みなさんは、自治体から避難指示や避難勧告の情報がスマホ画面に飛び込んできても、

単なる記号

だと思い、そのまま聞き流してしまうことがあると思います。

あの日の大川小学校での

・大津波警報を知らせる防災無線や

・消防車による呼びかけ

も、それと同じことになってしまいました。

私は、ものすごく遠回りに思えるかもしれませんが、先程の

動物たちが天敵から身を護るDNA

と同じような身体に染み付いた感覚がもっと必要なのだろうなと思い、

自然との距離感

をもっとみなさんに近づけてほしい、それが一見遠回りだけれども本当に1000年後の災害から命を守るためには必要なことなのではないかと思うようになりました。

・石ころ

・地層

・断層

様々なジオサイトを訪れ、それをご紹介しているのもそういう趣旨です。

それともう1つ。

http://www.thr.mlit.go.jp/Bumon/kisya/kisyah/images/73248_1.pdf

これは国交省が進めている震災伝承ネットワーク協議会による最新の資料です。

数百年に一度の規模の災害に備えるために、震災遺構を整備しようという取り組みです。

この資料に「震災伝承の課題」として書かれている6つの視点はそれ自体はどれ1つ間違っていません。

3つめには

・長期的かつ普遍的な防災教育のためには、震災遺構等の伝承施設を活用することが重要(視覚、聴覚、触覚等の五感で震災の実情や教訓を体感)

と書かれてあります。

そのとおりです。

しかし現在イメージされている震災遺構には、なんと大川小学校が含まれていません。

この資料を大川小学校ご遺族の鈴木典行さんがご覧になり何とも言えないやりきれない思いを感じられているのをみて、私は失礼ながら以下のコメントをしました。

僕が「この場所、この事案からこそ学ぶべき」といつも皆さんに伝えている場所がなんと一つもここに入っていないという事実が、答えをよく示しているように思いました。日本っていつもそうだなと思ったりもします。教訓としての力がある場所や事実がどういうところなのかという理解が基本的に間違ってるんですね。これを選んでいる人は本当に100年、1000年後の子供たちに伝えたいという気持ちが全然ないのだとも思います。「津波ってこわいね、でも訓練が功を奏してみんな助かってよかったね」、のパネルがさて何年後まで人の命を守ってくれるでしょうか。この震災遺構だと、犠牲になった人びとはじゃあ一体どの空、場所から未来の人々を見守ればいいのか。 偉い人たちが選ばない場所こそこれからも愚直に伝え、一人でも多くの静岡の人に足を運んでもらえるよう頑張ります。

ここで大川小学校が外された背景はもちろんいくつも想像できます。

国や公が主体となる場合の限界です。

・津波痕跡は刻まれているものの幸いにも犠牲者がでなかった施設

震災遺構として提示しやすいのはもちろんよくわかります。

現地に提示する説明パネルも作りやすいでしょう。

しかし、やろうとしていることは、

数百年後の人々の命を守ること

なんですよね。

数百年後にまで届く大きな声

って、どんな声 なのでしょうか。

そこを深く問うことが求められています。

 

平成30年12月

弁護士 永野 海

 

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