*下記投稿のわずか2時間後に「本震」とされるM7.3の地震が再び起きました。

 全ての人の命がどうか守られますように。

 

 

夜自宅で仕事をしていた時に、ネット上で震度7の速報表示に気づき、慌ててテレビを付けました。

懸命な救出活動、医療活動により一人でも多くの命が守られますよう、心からお祈り申し上げます。

こうした報道に接すると、自動的に、これが静岡だったらいま自分が何をしなければならないかが頭の中を駆け巡ります。災害対策本部の設置その後の活動についての執行部との連絡、災害委員との連絡や協議、他の弁護士への報告と支援要請、様々な関係機関との連絡などなど。

災害弁護士の全国メーリングリストをみていると、いつものことながら、発災後すみやかに有益な情報提供のメールが溢れます。情報提供者の自己満足ではなく、熊本の弁護士に情報が届くような配慮も直ちになされます。災害のプロの弁護士からの適格な情報提供はほぼすべてが被災地の(特に災害対策に詳しい弁護士が少ない地域が被災地であればあるほど)力になります。

これまでの被災経験のもとに積み上げられた有益な知識を、著作権フリーで、無償で直ちにわかりやすく被災地に届けられる現在のシステムは、無条件ですばらしいと感じます。

しかも、単にメールなどで情報が垂れ流されるだけでなく、現地と連絡を取り合いながら、いち早く、災害の専門弁護士を現地に派遣し、執行部は何をすればよいか、どのような形で被災者支援活動をすればよいか、などの助言が現地でなされるシステムがほぼ完成していることが、災害弁護士のネットワークの強みです。

熊本の被災者の方が、現地の弁護士や関連士業などから、迅速な支援を受けられること、具体的には、必要とされる基本的な情報の提供や専門家と敷居低く話ができ少しでも現在や将来の不安が軽くなるような支援が受けられることを心から祈ります。

自己紹介のページで、福島の被災地に行き、はじめて弁護士になってよかったと感じたかもしれないと書きました。

私の場合、自分が自分のいまの仕事に誇りとかやりがい、楽しさのようなものを感じるためには、いまの仕事によって社会に少しでも貢献できたかも知れないと感じられることが不可欠です。

弁護士の仕事は楽しいことばかりではありません。

むしろ、少なからぬ弁護士が、日々の仕事を楽しいというよりは、苦しく、つらいものと感じているのではないかと推察します。少しぐらいお金がもうかっても、日々の仕事がつらく、苦しいだけだと、そもそも何のために生まれてきたのか、よくわからなくなってしまいます。そもそも生まれなければ、お金も必要なかったわけですから。

自分が法律家として学んだこと、経験したことやこれまでの人生で形作られている自分の人格のすべてを用いて、人に貢献できること、社会に貢献できると感じられる瞬間があって、はじめて生きていること、仕事をしていることは無意味ではないと感じられます。

そんなものは、厳密にいえば、まやかし、ごまかしなのかもしれませんが、難しいことは、ハイデガーとかデカルトのような頭のよい人に任せて、自分としてはその程度の浅い感覚でよしとしています。

また、こういう発言は、多くの場合 キレイゴト のように感じられるものだと思いますが、これがいまの自分が本当に感じていることなので仕方がありません。

弁護士として災害問題に携わることで、少しでも人に、社会に貢献していきたい、またそうすることで、自分が生きていることや、仕事をしていることに意味を感じられるよいな、と強く強く思っています。

 

静岡市清水区 中央法律事務所

弁護士 永野 海