日弁連の災害委員会の現地視察で、平成26年8月に起きた広島の土石流被害の現場を訪問しました。

土石流が流れた場所は家ごと流され跡形もなくなっていた、あのあまりに胸の痛む光景は皆さんご記憶かと思います。豪雨災害自体により74名もの方が命を落とされました。また、その後2名の方が災害関連死により亡くなられています。

今回は、もっとも被害が大きく52名もの死者を出した安佐南区の八木地区を訪れ、現地で、ご自身も被災された川地さんからお話をお聞きしました。川地さんの家は、ニュース映像でも繰り返し映し出されていた家です。ちょうど川地さんの家の手前で土石流が二股に分かれたため、川地さんのご自宅は奇跡的に倒壊を免れました。しかし、周りの家は流され、ご近所の方の多くが命を落とされました。川地さんのご自宅自体も、砂防ダム建設のため、既に取り壊され、更地の状態となっています。

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現地は、1年半経った現在でも、被害の傷跡が生々しく、更地のまま残された土地、新しくまた家を建築中の土地、ブルーシートが張られたままの土地、砂防ダムの建設工事、など場所により様々な姿がありました。

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今回、災害問題に携わる弁護士として、特に、知っておきたかったのは、現地の広島弁護士会やその他士業、ボランティア協会などの動きと、実際にどのような問題が生じているかということです。

広島弁護士会は、8月20日未明の発災を受けて、その日の正午には災害対策本部を立ち上げています。

特に、広島会の活動で特徴的なのは、ボランティアの方々と一緒になって現地支援を行ったことです。当時、広島会で中心となり被災者支援にあたっていた工藤弁護士は、弁護士だけの避難所での対応(法律相談など)には難しさがあったといい、ボランティア協会の動きと連動させて、弁護士としての被災者支援を行ったことで効果的に動けたと振り返っていました。

実際、広島会の弁護士は、いわゆる法律相談だけでなく、土砂を取り除くボランティア活動なども一緒になって行っています。川地さんが今回、自ら被災しながら現地で全国の弁護士らに説明をする労をとってくれた理由の1つは、被災者支援に尽力してくれた広島会への感謝の思いも含まれているのではないかと推察しますし、また、実際、現地で説明をしてくれた災害ボランティアの方の口からは、何度も、現地に足を運び被災者と寄り添って支援をした広島会に対する感謝の言葉が述べられていました。

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静岡でも、社協、ボランティア協会、災害ボランティア、これらの方々との連携は、今後、必須の解決課題だと思います。

もう1つ、広島の豪雨災害では、多くの建物が流されたり、損壊したりしたことから、その後の「まちづくり」についての問題が発生していることも重要です。津波被害が生じた東北で生じているのと、規模は違えど、本質的に同じ問題が生じているわけです。

コミュニティーの維持をどうするのか、町内会に戻る人戻らない人の問題、被災した場所の復興、まちづくりをどう考えていけばよいのか、などなど。

広島会は、いわゆる災害弁護士同士の横のつながりを通じて、被災直後から災害問題に詳しい弁護士に広島に来てもらい、勉強会を開催していました。当初は、発災直後になすべきことや被災者支援の問題がテーマでしたが、3回目、発災から数カ月後に開催された勉強会は、復興、まちづくりの問題がテーマでした。仙台の宇都先生が講師に立たれました。

静岡では、発災直後の被災者支援の問題については、ある程度意識を強く持ち、できる限りの準備を進めているところですが、復興、まちづくりの問題においては、経験がないのはもちろんのこと、十分な研鑽をつんでいるともいえない状態です。

今後の大きな課題であると、常々考えています。

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最後に、翌日の中国新聞の記事です。視察の様子を取り上げてくれています。見にくいですが、写真なかほどに、たまたま私が写っていました。

次回は、この視察の際の話で印象に残った、自主防災会の活動の話について、書きたいと思います。