ちょうど仙台での仕事もありましたので,先週の土曜日に石巻市に入り,日,月と宮城県沿岸部を廻りました。

特に私は講演などのなかで,被災地の裁判例をご紹介することが多いです。

日和幼稚園,常磐山元自動車学校,大川小学校,七十七銀行女川支店など。

なぜ津波の犠牲にならなければならなかったのか。この取返しのつかない犠牲から残された者は何を学び,何を伝えていかなければならないのか,そうした視点で考察し,お話をしています。

しかし,実際に避難路を自分の足で歩いたわけではない。

その場所からどんな景色がみえるのか,この目で見たわけではない。

いくら判決文や解説文を詳細に見ても得られる情報には限界もあります。

また,間違った理解をしている可能性もあります。

そのことがずっと気になっていました。

そこで,実際に自分の目でみにいこう,自分の足で歩いてみようと思って,計画を練りました。

初日は,石巻市の旧門脇小学校,廃園になった日和幼稚園に。その後,女川町に入り,七十七銀行女川支店跡。最後に,大川小学校。

この日は,月命日の前日ということもあり,行く場所行く場所,たくさんのメディアが取材をされていました。

女川では,偶然,七十七銀行女川支店の屋上で津波被害に遭い犠牲になった方のご両親との出会いをいただき,貴重なお話をお伺いすることができました。

大川小学校では,毎月語り部をされている大川伝承の会さんの活動により,ご遺族と奇跡的に津波に流され気を失いながらも生存した当時小学5年生だった男の子から,あの日何が起きたのか,どうすべきだったのか,お話を聞くことができました。

いずれも今後じっくりと整理し,お伝えしていきたいと思います。

2日目は,仙台から南下し,閖上地区,その後山元町をまわりました。

閖上では,NPOの支援で設置されている「閖上の記憶」の語り部をされている渡辺さんから,たくさんのお話を聞くことができました。こうした施設,語り部さんの存在がなければ,何も学べないまま,ただ日和山に登って帰ってきてしまっていたことでしょう。

災害を伝承することの重要性を改めて痛感しました。

山元町では常磐山元自動車学校の跡地を訪ねました。

この判決を,この事案をどう受け止めればよいか,とても難しい被害事案だと思っています。

こちらもしっかりと整理した上で,私なりに発信していきたいと思います。

今回の旅は,笑われてしまうかもしれませんが,防災の神様か何かに導かれているのではないか,と思う出合いやつながりをいくつも得,感じた不思議な旅でした。

10年を1日で過ごしたような旅でもありました。

1つ1つ発信していきますので,よろしくお願いいたします。

今回の旅で,あの日のこと,あれからのことを教えて下さった全ての皆様に心より感謝申し上げます。

 

静岡市清水区 弁護士 永野 海